第2章
森田理恵視点
目を閉じて眠ろうとするのに、ベッドサイドの小さなテーブルの上でスマートフォンが震え始める。インスタグラムの通知。まただ。
見るべきじゃないと分かっている。いつも見ないと自分に言い聞かせているのに。それでも指は勝手に動き、スワイプして画面のロックを解除してしまう。
咲良の最新の投稿が、平手打ちのように私を打ちのめした。裕也が彼のスポーツカーらしき車の中で、彼女のシートベルトを締めてあげている、完璧な構図の写真。彼の表情は真剣で、優しくて、守るような眼差しだ。添え書きにはこう書かれている。「私の守り神は、いつもどんな些細なことでも気遣ってくれるの💕」
目が焼けるように痛くなるまで、その写真を睨みつけた。あの表情、あの眼差し。かつては私に向けられていたはずの優しさが、今では疑いようもなく彼女のものになっている。
『どうしてあの子にフォローされてるの? 友達申請なんて許可した覚えはないのに』
でも、答えは分かっている。V市なんて狭い世界では、誰かのSNSアカウントを探し出すことなんて難しくない。特に黒木家にとっては。
一年前から、彼女は裕也との生活を匂わせる投稿を始めた。最初の頃は、そのことについて彼を問い詰めたものだ。彼はいつもこう言ってはぐらかした。「理恵、あれは見せかけなんだよ。俺たちを守るためにやってるだけだって、分かってるだろ」
今ではもう、何も感じなくなってしまった。
スクロールを続けると、さらに多くの写真が目に入ってくる。彼女のために車のドアを開け、慈善晩餐会に付き添い、レストランで椅子を引いてあげる裕也。どの写真も、私の心をまっすぐに突き刺すナイフのようだった。
突然、胸の奥から激しい咳が込み上げてきた。口元に手を当てると、指の間に生温かい、湿った感触があった。
手を離すと、そこには血が付いていた。
次の瞬間、腹部に爆発するような痛みが走った。内側から何かで引き裂かれるような感覚。私は前のめりに倒れ込み、冷や汗で寝巻きが一瞬でぐっしょりと濡れた。
「痛いっ」歯を食いしばって悪態をつく。この痛みは、今まで感じたどんなものよりもひどい。
テーブルの引き出しを手探りで開け、痛み止め薬を探す。手がひどく震えて、薬瓶をまともに持つことさえできない。なんとか三錠を振り出し、水なしで飲み込んだ。
薬が効き始める前に、吐き気が襲ってきた。バスルームまでよろめき、トイレの脇に崩れ落ちて空えづきをする。鏡に映った私は、まるで死人のようだった。紙のように真っ白な顔に、目の下には深い隈が刻まれている。
『今回は違う。今までとは比べ物にならないくらい、ひどい』
這うようにしてベッドに戻り、ボールのように体を丸める。痛み止めがようやく効き始め、苦痛の鋭い角が鈍っていく。意識が曖昧になっていく。
そのまま、私は意識を失った。
目が覚めたときには、もう朝の十時だった。裕也はまだ帰ってきていない。もちろん、帰ってくるはずもない。
枕についた血痕が、昨夜の出来事が悪夢ではなかったことを物語っていた。
タクシーを呼んで、S大学医学部附属病院へ向かう。慌ただしく行き交う医療スタッフと不安そうな家族に囲まれた待合室で、私は完全に一人だった。
「森田さん、少しお座りください」北村先生は私のカルテを見ながら、真剣な表情で言った。「血液検査の結果が、芳しくありません」
先生の顔を見つめていると、心臓がどきどきと鳴り始めた。
「腎機能が著しく低下しています。クレアチニン値から判断すると、ステージ4の慢性腎臓病ですね。最近の症状はこれが原因だと考えられます」
腎臓病。その言葉が頭の中でこだまする。あの倦怠感も、むくみも、すべてがこれにつながっていたなんて想像もしていなかった。
「腎臓病ですか? でも、昔から体は丈夫な方ではなくて……。一時的なものではないのでしょうか」
「残念ながら、かなり進行した状態です。これまでの体調不良との関連もあるかもしれませんが、早急に治療を始める必要があります」
『裕也は知らない。誰も知らない。どうやって、彼に伝えればいいの?』
「今後は透析療法の導入を検討する必要があります。また、腎移植も選択肢の一つとして考えられますが、まずはご家族に状況を説明されたほうがよいでしょう。ご家族で連絡できる方はいらっしゃいますか?」
私は首を横に振る。涙で視界が滲んでいく。
診断書類を握りしめ、家に帰る車を呼ぶためにロビーへ向かった。エレベーターのドアが開いた瞬間、心臓が止まりそうになった。
裕也と咲良が出てきたのだ。まるで雑誌の表紙から抜け出してきたかのように。裕也は高価なスーツを身にまとい、咲良は純白のブランドズドレスを着て、真新しい花束を抱えている。彼女の艶やかな黒髪は肩にしなやかに流れ落ち、肌は一点の曇りもなく白く輝いている。
それに比べて私は? 昨夜から着っぱなしのジーンズと古びたセーター、痛みと失血で青白い顔、髪はもつれてぐちゃぐちゃだ。
咲良が裕也に言うのが聞こえた。「中川さんのお見舞いに付き合ってくれてありがとう。財団の古くからの支援者には、こういう心遣いが大切なのよ」
つまり、彼らは慈善活動のためにここにいるのだ。私のために来たわけじゃない。決して、私のために。
裕也は私を見た瞬間、その目にパニックの色を浮かべた。彼は咲良を連れて素早く通り過ぎようと、私を見ていないふりをした。
『私のことなんて知らないふりをしたいのね。十数年も一緒にいたのに、私の存在を否定するつもりなんだ』
診断書類を握る手に力が入り、指の関節が白くなる。
裕也が彼女を連れて行こうとした、まさにその時、咲良が突然立ち止まった。彼女は私の方を向き、完璧に作り上げられた、偽りの心配そうな顔を浮かべた。
「あら、ご婦人?」彼女はわざとらしく間を置いて言った。「ひどい顔色ですわね。どうかなさいましたの? ご病気?」
私は無意識に診断書類を背中に隠した。
「どうして一人でこんなところに? ご家族は面倒を見てくださらないの?」
一言一言が針のように突き刺さる。彼女は知っているのだ。私に家族がいないことも、裕也との関係も、すべて知っている。公衆の面前で私に恥をかかせようとしているのだ。
裕也は彼女の後ろに、まるで他人であるかのように無表情で立っている。私を守るどころか、視線すら合わせようとしない。
怒りが腹の底で燃え始めた。この女は金と権力で私の男を奪った挙句、今度は公然と私を辱めようというのか?
私は書類をバッグに押し込み、無理やり背筋を伸ばした。
ゆっくりと顔を上げ、目から涙を拭う。そして、咲良に向かって微笑んだ。
それは、危険な笑みだった。
「ただの定期検診よ。お金で治せないようなものじゃないわ」
私はわざと「お金」という言葉を強調し、彼女の目に不快感がよぎるのを見届けた。
「もっとも、あなたには自分の努力で何かを得るなんてこと、理解できないでしょうけどね?」
「なんですって? 何が言いたいのか分かりませんわ」
彼女は困惑した表情を装ったが、ハンドバッグを握る手に力が入っているのが見えた。
「何も。事実を述べているだけよ。世の中には、自分の力で手に入れるために働く人もいる。他の人たちは、ただパパの小切手帳を相続して、それですべてが買えると思っているだけ」
私は一歩前に出た。
「でもね、黒木さん。人を買うっていうのはこういうことよ。心の底では、その人は決してあなたのものにはならない。あなたもそれが分かっているはず」
裕也がようやく口を開いた。「理恵……」
だが、その声色は守るものではなく、警告するものだった。私にやめろと、そう言っている。
「教えてくれる? どんな気分? そもそも自分のものであるはずがなかったものを、自分がそれに値すると絶えず証明し続けなきゃいけないのって」
私の声は、氷のように冷たく、穏やかだった。
「どんな気持ちかしら。パパがどれだけお金を使っても、あなたは永遠に二番手だって知っているのは」
「森田理恵!」彼女の声は怒りに震え、完璧な仮面がついにひび割れた。「よくもそんな口が! あなたの惨めな状況を心配して、親切にして差し上げようとしたのに、これがあなたの態度なの?」






