第2章
三年分の私物が、部屋の隅にゴミの山みたいに無造作に積み上げられていた。
いちばん胸に刺さったのは、押し潰されて歪みきった万年筆の姿だった。
三年前――私が想いを告げた夜、凌は引き出しからその万年筆を取り出した。
まるで部下をあしらうみたいに、投げやりな口調で言った。「持ってけ。仕事で使え」
けれど私はそれを、宝物みたいに三年間抱えてきた。使うなんて、とてもできなかった。
ゴミ箱の中には、私の日記がびりびりに引き裂かれて捨てられていた。
しゃがみ込み、紙切れを一枚拾う。
「今日、凌がいつもより一秒長く私を見てくれた。嬉しい……」
「今夜来るって言ったのに、ずっと待っても来なかった」
どのページも、みじめな片想いの証拠だった。どの言葉にも、馬鹿みたいに真剣な私が叫んでいた。
この三年、私は愚かにも信じていた。踏みにじられて泥にまみれても、いつかは彼の冷たい心を温められるんじゃないかって。彼がくれる哀れな欠片ほどの優しさだけで、何日も幸せでいられるって。
凌が背後に歩み寄ってくる。散らかった部屋を一瞥し、重さのない声で言った。
「どうせ大したものじゃない。捨てとけ」
そう。私たちの三年間――彼にとっては、何ひとつ意味なんてなかった。
私は歪んだ万年筆を拾い上げ、指先で胴軸の薄れた刻印をそっとなぞった。「W&C」。永遠に刻めると本気で信じて、こっそりお金を払って彫ってもらった文字だ。
今思えば、笑うしかない。
手を開く。万年筆は、ゴミ箱の中へ落ちた。
「そうだね」私は顔を上げ、かすかに笑った。
「汚くて壊れた、どうでもいいものは捨てるべきだよね」
凌の眉が寄る。何か言いたそうにした。
でも、言わせなかった。私はケースの取っ手を掴み、そのまま部屋を出る。
「送ってやる」
突然の、らしくない申し出に、足が止まりかけた。
断ろうとしたのに、彼はもう私の手からスーツケースを奪い取り、そのまま車に積み込んでしまった。
抵抗する気にもなれなかった。無言で助手席に乗り込む。
凌は運転に集中している。
しばらくして、彼の携帯が鳴った。画面に浮かんだ名前は――美月。
出た瞬間、声が別人みたいに柔らかくなる。
「どうした?」
電話越しに、美月のか細く甘えた声が流れた。私にもはっきり聞こえるほどに。
「凌、足がすごく痛いの……迎えに来てくれる?」
「わかった。そこにいろ。すぐ行く」
通話を切る。凌がこちらを見たとき、その優しさは跡形もなく消えていた。
「降りろ」
信じられずに見つめた。窓の外は、叩きつけるような土砂降りだ。
「こんな雨の中で……せめて、ヴィラまで戻してくれない?」
「降りろって言った」
目も合わせず、苛立ちのこもった声で言う。
「美月が待ってる」
唇を噛み、シートベルトをきつく握りしめた。
私が言い終えるより先に、彼はもう車を降りていた。
助手席のドアを乱暴に開け、スーツケースを引きずり出し、泥だらけの路面へ叩きつける。
衝撃でスーツケースが開き、服が泥水の水たまりに散らばった。
充血した目のまま、私は嵐の中へ降りる。豪雨に打たれながらしゃがみ込み、泥にまみれた服をかき集めた。
凌は一度もこちらを見ない。車に戻り、エンジンをかける。
車は雨の中へ飛び出し、泥水を容赦なく跳ね上げて私の身体を濡らした。
雨が頬を流れ、涙と重く混ざり合う。
翌日は、生理の初日だった。
立っていられないほどの激痛だったけれど、それでも私は会社へ向かった。
退職の引き継ぎが終わっていないし、残り数日をだらだら引き延ばしたくなかった。
デスクに座った瞬間、携帯が震える。
凌からのメッセージだった。
【生理用品と鎮痛剤が要る。ついでに買って、パーティーに持って来い】
考えるまでもない。これは私のためじゃない。美月のために買ってこい、という命令だ。
断りたかった。いくつか文字を打っては消す。
……いい。
あと数日だけ。いまさら揉めても意味はない。
コンビニで買い物を済ませ、下腹の痛みに歯を食いしばりながらパーティー会場へ急いだ。
凌は人だかりの中心にいた。美月が彼の腕に優雅に絡みつき、花みたいに輝く笑顔を浮かべている。
近づいて、ビニール袋を差し出した。
「頼まれたもの」
凌は袋を受け取ると、私を見もしないまま振り向き、そのまま美月に渡した。
やっぱり。彼女のものだ。
美月は受け取らない。代わりに、手にしていたワイングラスをふいに持ち上げ、赤ワインを丸ごと私の顔へぶちまけた。
「なんでまだ彼の周りをうろついてるの!?」
濃い赤が髪を濡らし、顔を伝って滴る。生理痛でくらくらして、身体の中が空っぽみたいで、そのときの私は、麻痺した操り人形みたいにただ立ち尽くすことしかできなかった。部屋中の視線が、私を笑いものにする。
なのに美月の目は一瞬で赤く潤み、くるりと身を翻して凌の胸に飛び込んだ。
「どうしてまだ、あんな女をそばに置くの……?」
凌は一瞬だけ私を見て逡巡し、それから視線も意識もまるごと美月へ戻した。大きな手で彼女の顎をそっと包み、親指の腹で頬を滑る涙を優しく拭う。
「必死にしがみついてるだけだ」
「俺の心にいるのは、お前だけだ」
