第3章
玲華はカメラに向かって手を開いた――球はⅠ。疑いようもない。
彼女は会場を見回し、それから私を見た。長いあいだひたすら我慢してきた人間だけが浮かべる、あの顔だった。
「正直、伊織が何を心配してるのか分からないわ」小さく肩をすくめる。
「先に発表したいなら、私の番を譲る。別にどうでもいいもの」
拍手は、彼女が言い終えるより先に起こった。
スポットライトが彼女を捉える。玲華はそれを優雅に受け入れた。何もかもを受け入れるときと同じように――最初から自分のものだと分かっていて、礼儀として丁寧にしているだけ、そんなふうに。
私はその場に立ち尽くし、会場が私をどんな人間だと決めつけていくのを感じていた。
――でも、あの手。
彼女が球を裏返す直前、指がほんの少しだけ動いた。ごく小さく下に引くような、痙攣にも似た動き。危うく見逃すところだった。あの手を、あの理由で、あの一点だけを凝視していなければ。
「何なの、あの人」背後の誰かが言った。
「抽選なんて普通じゃん」
「負けるのが我慢できないんでしょ」
私は親指の爪を掌に食い込ませ、動かなかった。
――考えろ。結果がいつも同じなら、それは偶然じゃない。偶然じゃないなら、仕組まれている。球はただの球――象牙色で、何も仕掛けはなさそう。だったら、球じゃない。
壺だ。
抽選の儀式を頭の中で巻き戻す。係員が壺を運び出し、台に置く。私たちが順に手を入れる。玲華が先だった。迷いがほとんどない。手を入れて、すぐ引き抜いて――指を開く前から、何を引いたか分かっている顔だった。
――壺だ。壺の底に何かある。
クリスタル・アトリエの壺は、係員が置いたまま、舞台端の展示台に鎮座していた。
意識して決めるより先に、私はそこへ向かっていた。
「神崎さん」司会者が一歩前に出る。
「これは百年続くガラの伝統でして、さすがに――」
私は壺を持ち上げた。
見た目より重い。手の中でひっくり返し、底を確かめる。分厚い水晶、縁を飾る精緻な金属細工。触れたら罰が当たりそうな、そう思わせるための職人技。
私はその底を、展示台に思い切り叩きつけた。
音が違った。水晶の澄んだ響きじゃない。鈍い何かが、その下で鳴っている。機械じみた鈍さ。金属と水晶の継ぎ目に沿って、ひびが走った。もう一度、叩きつける。
底が割れた。
会場は、完全な静寂に沈んでいた。
底の内側から、小さくて精密なものが滑り出てきた――磁気誘導ユニット。硬貨ほどの大きさで、研究室か高級な手品の道具箱にでもありそうな代物だ。それは展示台の上をカタカタと走り、舞台の床に落ちた。
続けて、内縁に沿って掘られた細い隠し溝から、二つ目の象牙色の球がぽとりと落ち、磨かれた大理石の上をころころと転がった。照明ケーブルに一度だけ跳ね返り、舞台前方近くで止まる。
私はそれに手を伸ばさなかった。
代わりに、かかとをそっと当て、いちばん近いカメラのほうへ押しやった。
カメラマンは言われるまでもなくズームを寄せた。
球はレンズに正面を向けて止まり、刻まれたⅡが光を受けてきらりと光った。
