第2章
その夜、私たちはほとんど言葉を交わさなかった。
宮川雄次は何かを言おうと試みていた。何度か口を開き、言いかけては、その先を紡げずにいた。けれど、私はあまりにも疲れ果てていた。それは、眠ったところで癒やされることのない種類の疲労だった。
彼をキッチンに残したまま、私はベッドに向かった。彼はそこで立ち尽くし、レシートとバラの花束を見つめていた。まるで、身に覚えのない犯罪の証拠品でも眺めるかのように。
あるいは、それらはまさしく「証拠」だったのかもしれない。
翌朝、コーヒーの香りで目が覚めた。宮川雄次が朝食を用意していたのだ――目玉焼きにトースト、そして私のお気に入りのコップに注がれたオレンジジュース。食卓に並べられたそれらは、彼なりの和解の印だった。
バラの花束は消えていた。彼が捨てたのだろう。
だが、レシートだけは取ってあった。
「遥」
彼は私の向かいに座り、コーヒーマグを両手で包み込むように持った。
「昨夜のことだけど……君に説明しなきゃいけないと思って」
私はトーストを手に取り、言葉を待った。
「あれは仕事の会食だったんだ」と彼は言った。「クライアントがどうしても花月庵がいいって希望してね。この契約がうちの会社にとってどれだけ重要か、君もわかってるだろう?」
「小野佳奈は、本葛餅が好きよね」私は言った。
彼はぱちくりと瞬きをした。「え?」
「レシートにあったデザートのことよ。あなたは本葛餅が嫌いじゃない。いつも甘すぎると言って」
一瞬の沈黙。やがて彼は口を開いた。
「プレゼンの前に、佳奈を精神的に支えてやる必要があったんだ。彼女の性格は知ってるだろう? すぐに不安になって、何もかも迷い始める。プレゼンの流れを叩き込んでやらなきゃならなかったんだ」
「六時間もかけて?」
「遥、それは――」
「私の母が手術を受けている最中に」
「お義母さんはもう大丈夫なんだろう?」彼は身を乗り出した。その表情は真剣そのものだった。「本当に深刻な状況なら、俺だって駆けつけたさ。でも君は上手くいったって、手術は成功したって言ったじゃないか――」
「その連絡をしたのは、朝の四時よ。それもメッセージで。あなたが一度も電話をよこさなかったから」
彼は顔をこすった。ひどく疲れているように見えた。まるで不当な扱いを受けたのは自分の方だと言わんばかりに。
「悪かったよ。そこにいるべきだったとは思う。でもわかってくれよ、俺だってすごいプレッシャーの中で――」
「『君は強い。君なら何とかできる』」私は静かに言った。
彼はその皮肉に気づかなかった。「その通りだ。君はいつだって、自分のことは自分で何とかしてきたじゃないか」
私はトーストを置いた。そして立ち上がる。
「どこへ行くんだ?」
「ちょっと、取ってくるものがあるの」
私は自分の仕事部屋に向かった――そこは元々客用寝室だった場所で、宮川雄次が自分の夢を築き上げている間、私がフリーランスの電話応対をし、夜遅くまで働いてきた場所だ。そこには私のノートパソコン、デザイン用タブレット、そして書類入れがある。
そして、あのノートも。
三年前からつけ始めたものだ。被害妄想からではない、ただの習慣だ。私はデザイナーだ。何でも記録する。寸法、カラーコード、修正履歴。私の仕事では数字が重要だからだ。
どうやら、結婚生活においても数字は重要だったらしい。
テーブルに戻ると、宮川雄次はトーストを食べながらスマホをチェックしていた。私がノートを置くと、彼は顔を上げた。
「何だ、それ?」
私は最初のページを開いた。三年にわたる几帳面な記録が、私の整った筆跡で記されている。
「私の『投資』ポートフォリオよ」と私は言った。
彼は眉をひそめた。「君の、なんだって?」
「初期投資額、一千二百万円。私の両親からの贈与金で、本来は住宅の頭金にするつもりだったもの。二〇二一年三月、『青空建設』へ投資」
「遥、あれは投資じゃなくて、その――」
「毎月の家計費」私はページをめくった。「住宅ローン、光熱費、食費、保険料。月額45万円を、私のフリーランス収入から支払い。三十六ヶ月分」私は計算結果を彼に見せた。「合計1,620万円」
宮川雄次はその数字を凝視した。「君……これを全部記録していたのか?」
「会社のためのデザイン業務、無償提供」さらにページをめくる。「横山プロジェクト。川辺の複合施設。原田改修工事。合計二十三プロジェクト」
「あれは好意で手伝ってくれたんじゃ――」
「好意には対価が発生するの」
私は声を平坦に保った。仕事モードだ。まるでクライアントにプレゼンでもしているかのように。
「直近の資金調達ラウンドに基づく、会社の現在の推定評価額は5,000万円。主要投資家としての私の正当な取り分は、最低でも25パーセント。つまり、1,250万円よ」
彼の顔から血の気が引いていった。
「君は……俺たちの結婚をビジネスの取引みたいに扱うのか?」
「いいえ」私は彼の目を真っ直ぐに見つめた。「ビジネスとしての投資を、ビジネスとして扱っているだけ。私たちの結婚は、それとは全く別の話よ」
私はノートパソコンに手を伸ばし、ブックマークしておいたページを開いた。そして画面を彼に向けた。
「これはあなたの会社のウェブサイト。『会社概要』のページね」
そこには小野佳奈がいた。プロが撮影した顔写真、満面の笑み。「取締役・営業部長」。経歴欄には彼女のMBA取得、過去の実績、そして「青空建設の発展に大きく貢献」と記されていた。
その下には宮川雄次の写真。彼の紹介文には「献身的なチームと、会社の発展を支えてくれる幹部社員」への感謝が綴られていた。
支えてくれる幹部社員。
妻ではない。投資家でもない。そのすべてを可能にした人間ではない。
小野佳奈のことだ。
「私はどこにいるの、雄次?」
彼は画面を見て、また私を見た。「君は表に出るのが好きじゃないと言っただろう」
「交流会が苦手だと言っただけよ」私の声は冷静なままだった。「透明人間にしてくれなんて頼んでないわ」
「ウェブサイトに写真を載せたいか聞いたとき――」
「一度だけね。三年前に。私は『考えておく』と答えた。それきりあなたは二度とその話題を出さなかった」
「俺はてっきり――」
「それに、投資資金の融資を拒否した覚えはないわ」私はパソコンを閉じた。「でも、そのページには小野佳奈があなたの幹部社員だと書いてある。私じゃなくてね」
彼は立ち上がり、部屋の中を歩き回り始めた。「結局は佳奈のことなんじゃないか。嫉妬してるのか?」
「これは、母が救急救命室にいる間に、あなたが高級料亭にいたことについての話よ」
「それを毎回持ち出すのは卑怯だぞ――」
「毎回?」私は笑い出しそうになった。「雄次、『毎回』なんてないわ。あるのはただ……『いつも』だけ」
「どういう意味だ?」
私は再びノートを手に取り、別のページを開いた。
「去年の冬。祖母が亡くなった時。あなたは小野佳奈の引っ越しを手伝っていた」
「彼女は夫と別れたばかりで――」
「私のデザイン賞授賞式。あなたは小野佳奈の厄介なクライアントの対応をしていた」
「あれは緊急事態だったんだ――」
「父の命日。亡くなって五年目。あなたは、小野佳奈が離婚協議中で誰かが必要だからと言った」
彼は足を止めた。「それらは正当な――」
「そのたびに」私は続けた。「あなたには理由があった。もっともな理由が。緊急事態。急用。私が必要としていたことよりも、もっと重要な何かが」
「そんなことは――」
「最後に私を選んでくれたのはいつ、雄次?」
沈黙。
「私が必要としていたことが、小野佳奈の要望より優先されたのはいつ?」
さらなる沈黙。
「私にも思い出せないわ」私は優しく言った。
彼は椅子に座り直し、髪をかき上げた。「遥、俺はここで何かを築き上げようとしているんだ。俺たちのために。俺たちの未来のために。なんでそれがわからないのか?」
「あなたの未来に、私はいないのよ、雄次」
その言葉は明確に、そして決定的に響いた。
「あなたのウェブサイトにも、あなたの会食にも、あなたの計画の中にも、私はいない」
「そんな――」
「私はただの銀行よ。あなたが他の誰かと夢を築いている間、明かりを灯し続けるだけの、見えない投資家」
「佳奈はただの部下だ――」
「そして私はあなたの妻よ。あなたはどちらを大切に扱ってる?」
彼は口を開き、そして閉じた。
私はノートを閉じ、立ち上がった。
「どこへ行くんだ?」
「少し考える時間が欲しいの。数日間、母さんのところに泊まってくるわ」
