第50章

空気が冷えてきた。桑野夜子はトレンチコートを羽織っていたが、身を切るような風と冷たい雨の中では、それでも寒気が波のように押し寄せてくる。

――また、馬鹿を見た。

ここ数日の甘い優しさに、浅木辰也とのあいだにある埋めようのない溝を、すっかり忘れていた。

こみ上げる涙をどうにか堪え、夜子は両腕を抱くようにして、自嘲気味にふっと笑う。そのまま、ゆっくり雨の中へ足を踏み出した。

雨のせいで、道路を走る車はほとんどない。

どれほど歩いただろう。

ぞわり、と。

あの不気味な感覚が、また背中を這い上がってきた。

桑野夜子は反射的に振り返る。だが、あたりは白く煙るばかりで、人影どころか影ひと...

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