第96章

「ただ、ちょっと悔しいのよね。せっかく久々に『この人いい』って思える男だったのに、もう先約ありだったなんて」

桑野夜子は言葉を切り、声を落とした。

「あなた、まだ付き合いがあるんでしょ? ここで私に張りついてなくていいよ。少し休んだら、タクシー拾って帰るから」

「でも、本当に大丈夫?」

江下文子は不安げに彼女を見つめた。さっきの夜子の顔色は、どう見ても良くなかった。ひとりにしていいのか怖い。けれど心配だからこそ、離れがたい。

桑野夜子は首を横に振る。

「ほんとに平気。行って」

「……分かった。具合悪くなったら、いつでも電話して」

江下文子が休憩室を出て階段を下りたところで、浦...

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