第2章

佑莉視点

 診察の結果は、打撲に軽度の切り傷、そして精神的なショック状態だった。念のため一晩入院して経過観察することになった。喉が塞がるような感覚があり、私はあまり言葉を発することができなかった。

 病室は明るすぎて、すべてが白く、無菌的で、静寂が痛いほどだった。

 ドアが開く音がして、私はビクリと身を震わせた。

 けれど、入ってきたのは健二の両親だった。

 彼の母親がベッド脇に駆け寄ってきた。その目は赤く腫れあがっている。「佑莉ちゃん。ああ、なんてこと……。本当に、本当にごめんなさい」

 ベッドの足元に立った父親は、一気に十年も歳をとってしまったように見えた。「こんなことになるなんて……我々も想像だにしていなかったんだ」

「健二はどこですか?」私の声は、ひどく掠れていた。

 二人は顔を見合わせた。

「あの子は、環奈ちゃんと一緒にいるわ」母親が静かに言った。「彼女は別の病室よ。事故で肋骨を打ったみたいで、あちらも経過観察が必要だそうだから」

「佑莉さん、説明させてほしい」父親が椅子を引き寄せた。「環奈さんと健二は……高校時代に付き合っていたんだ。だが、別れ方が良くなかった。彼女は……その事実を受け入れられなかったようだ」

「あの子が浮気したのよ」私の手を握り締めながら、母親が付け加えた。「高校三年生の時にね。それがバレて、健二が振ったの。そうしたら環奈ちゃんは……壊れてしまった」

「彼女は執拗に健二につきまとうようになった。夜中に泣きながら家に来たり、自分を傷つけると脅したり。『彼なしでは生きていけない』と言ってね。あまりに酷い状況だったから、健二は大学進学を機に、彼女から逃げるように国の反対側へ引っ越したんだ」

 口の中がからからに乾いた。「彼は一度も、そんな話をしてくれませんでした」

「健二も終わったことだと思っていたんだよ」父親が言った。「もう八年も経つ。我々も、彼女はもう立ち直って、治療も受けているものだと思っていた。結婚式のためにこっちへ戻ってくると決めた時も、大丈夫だろうと高を括っていたんだ。……間違いだった」

 八年。健二は八年もの間、あの女から逃げ続けていた。

 それなのに、私には一度も彼女の話をしなかった。

 付き合っていた三年の間も。プロポーズの時も。ここへ戻ってくる計画を立てていた時でさえ。

「本当にすまない、佑莉ちゃん」母親はもう泣いていた。「もし彼女がこんなことをすると知っていたら――」

 再びドアが開いた。

 そこに健二が立っていた。彼はボロボロだった。目は充血し、シャツは皺だらけだ。彼は数歩で部屋を横切ると、私のベッドの脇にがくりと膝をついた。

「佑莉。ああ、佑莉、ごめん。本当に、本当にすまない……」

 彼は私の手を掴み、自分の顔に押し当てた。肌に触れる彼の涙は熱かった。

「知らなかったんだ。誓って言うよ、まさか彼女がこんなことをするなんて思わなかった。もう何年も前に終わったことなんだ……何年も……彼女はもう大丈夫だと思ってた。俺は……」彼の声が震えた。「君を失うところだった。もう少しで……」

 彼は言葉を続けられず、全身を震わせて泣いた。

 私は彼を見つめた。三年間愛した男。結婚しようとしていた男。

 精神的に不安定な元カノがいることを、決して明かさなかった男。

 でも、彼は知らなかったのよ。頭の中の声が囁く。彼だって被害者じゃない。見て、この姿を。

「健二」私は言った。

 彼は顔を上げ、必死に懇願するような目を向けた。

「結婚して、ここを出よう」彼は言った。「明日でもいい。B市へ帰ろう。二度とここには戻らない。彼女にも会わない。約束する。お願いだ、佑莉。お願いだから、このことで俺を見捨てないでくれ」

 私は二人が出会った時のことを思い出した。大学近くの喫茶店。最後の一個だったブルーベリーマフィンに同時に手を伸ばしたこと。彼のはにかんだ笑顔。「どうぞ」と譲ってくれて、そのお詫びにとコーヒーをご馳走させてほしいと言ったこと。

 マンションで過ごした気怠い日曜の朝を思い出した。シャワー中に聞こえる彼のひどい鼻歌。いつも私が好きな濃さぴったりに淹れてくれるコーヒー。

 プロポーズの夜のことを思い出した。川沿いの橋の上、雪が降る中、指輪を落としそうなほど激しく震えていた彼の手。

 私の人生の三年分。愛と、計画と、約束の三年間。

 そして、たった一日の絶対的な恐怖。

 でも、彼は私を愛している。その目を見ればわかる。彼も怯えているのだ。これは彼のせいじゃない。

……そうよね?

 胸が締め付けられ、うまく息ができなかった。けれど彼を見ると、寒い時にジャケットを貸してくれたあの青年の姿が重なった。私の誕生日に驚かせようと、四時間も車を飛ばして会いに来てくれた彼。

「わかった」私は囁いた。

「わかった?」彼の目に希望の光が宿った。

「ええ。ここを出ましょう。B市へ帰るの」

 彼は嗚咽を漏らし、繋いだ手と手に額を押し付けた。「ありがとう。ありがとう。愛してる。絶対に償うよ。約束する、元の幸せな生活に戻すから」

 私は目を閉じた。

 これでいいのよ、と自分に言い聞かせる。彼はあなたを愛してる。あなたも彼を愛してる。大事なのはそれだけ。

 だとしたら、なぜ彼は真っ先に彼女のところへ行ったのだろう?

 大した怪我ではなかったので、私はすぐに退院できた。B市へ一緒に戻るため、荷造りをしようと健二の実家へ向かった。私はシャツを畳んでスーツケースに詰め込みながら、目の前の作業に集中しようと努めた。胃をきりきりと締め上げる不安のことを考えないように。

 結婚式は中止した。B市に戻ってから、すべての騒動から離れて、二人だけでささやかにやろうと健二は言った。

 彼女から離れて。

 お気に入りのセーターを手に取り、少しの間動きを止めた。誰かと人生を築き上げてきた三年間、私は昨日私を殺そうとした女の存在を知らなかった。彼がかつて付き合い、そして逃げ出した女のことを。

 でも、彼は彼女がこんなことをするなんて知らなかった。私は自分に言い聞かせる。彼も被害者なのよ。

 玄関のドアが閉まる音が聞こえた。ケーキの返金について父親と話す健二の声が響き、やがて車のエンジンがかかり、遠ざかっていった。

 家には私一人になった。自分を納得させるために、考えるための静寂が必要だった。

 チャイムが鳴った。

 スーツケースのジッパーを閉めようとしていた手が止まり、背筋に冷たいものが走った。

 なんでもない。きっと近所の人だわ。

 私は階段を降り、ドアを開けた。

 玄関ポーチに、環奈が立っていた。

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