第89章
沈村政志はちょうど背を向け、病床から目を離したまま電話に出ていた。
その動きを横目で捉えた林原雨子は、すばやく身を翻し、テーブルの上のベルベットの小箱を掴む。
中から白い玉の腕輪を取り出した。
それは沈村政志の亡き母の嫁入り道具で、彼が宝物みたいに扱い、誰にも触れさせなかったものだ。
林原雨子は迷いなく、その腕輪を鈴宮若子の手にねじ込んだ。
鈴宮若子は、押しつけられたものが何なのかも分からない。
ただ、ひやりと硬い感触に、本能的に身がすくむ。
反射的に、力任せに振り払った。
カラン――。
床に落ちた腕輪が、軽い乾いた音を立てる。
沈村政志が、ばっと振り向いた。
床の上で...
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