第1章
絵里視点
曲がりくねった山道を運転するハンドルが、汗でぬるぬると滑った。
また、美佳にマフラーを渡し忘れてしまった。あの高価なカシミアのマフラー。私たちの三年間を象徴する、友情の証。
ああもう、なんて馬鹿だったんだろう、私は。
目の前の山道が急にカーブしている。ブレーキを踏んだ。だが、足に伝わるはずの抵抗がない。ペダルは嫌な音を立てて、虚しく床まで沈み込んだ。
「くそ、くそ、クソッ!」
私の車はミサイルのように急斜面を突き進んだ。ガードレールが銀色の閃光となって脇をすり抜けていく。
ハンドルを左に、右に、必死に切ったが、もはや物理法則には逆らえなかった。車はティッシュペーパーでできているかのようにガードレールを突き破った。
宙を舞うスローモーションの世界で、血の気が引く光景が目に焼き付いた。ダッシュボードの下、ぶらりと垂れ下がるブレーキライン。
その切断面は、まるで外科手術のように、あまりにも綺麗だった。
でも、和也が昨日ブレーキを点検してくれたばかりなのに。すべて完璧だと言っていたのに。
ふざけるなッ!
衝撃は波のように押し寄せた。金属が内側へと潰れてくる。口の中に温かく、鉄の味のする血が広がった。視界の縁から暗くなっていく。
(和也がやったんだ)
意識が遠のいていく中、その考えが死にゆく私の心に響き渡った。
死んだままの方がマシだった。
それなのに、まるで神様の悪趣味な冗談みたいに、私は自分の屋敷の上空に浮かんでいた。
コロニアル様式の家は、以前と寸分違わぬ姿でそこにあった。ただ、今の私は死んでいるという点を除いて。
そしてどうやら死後の世界には、自分専用の地獄を最前列で鑑賞できる特典が付いてくるらしい。
私は正面のドアをすり抜けた。実体がなければ、施錠されたドアなど何の意味もなさない。そして声のする方、私の寝室へと向かった。
私たちの寝室。和也と結婚してからの二年間、共に過ごした主寝室。
ドアは少しだけ開いていた。中に見えた光景に、私はもう一度死にたくなった。
私の夫の体の下で、美佳の裸体がシーツの上でのたうっていた。彼女の赤い髪、私が密かに羨んでいた、あの燃えるような赤髪が、まるで血のように、私の枕に広がっている。
和也の手は、私には決して見せなかった飢えたような欲望をむき出しにして、彼女の白い肌をさまよっていた。新婚旅行の時でさえ、あんな風ではなかったのに。
「ブレーキの細工は完璧だった」荒い息遣いの合間に、彼が言った。「警察は事故として処理するだろう。誰も疑いやしない」
美佳は彼の体の下で、息を切らしながら、残酷に体を反らせた。「マジで助かったわ。感謝してるふりして、哀れな貧乏人キャラを演じるのにも、もうウンザリしてたから。どれだけ気持ち悪かったかわかる? あんなアマに、自分は私を救ってやってるなんて思わせるのがさ」
もしまだ喉があったなら、きっと声も出なかっただろう。
三年間。三年間、美佳が私の親友だと信じてきた。私が貧困から救い出し、大学まで行かせてやった、苦学生の美佳だと。
三年間、彼女は私の家の客間で眠り、私の食事を食べ、私の服を着ていた。そして、私の殺害を計画していた。
「保険金だけで二億円だ」和也の動きが切迫していく。「それに家も、株も、全部だ。これで一生安泰だな」
「安泰どころじゃないわ」美佳の笑い声は、割れたガラスのように鋭かった。「絵里ってさ、善人ぶった支配者だったじゃない? だから操るのは簡単だった。『可哀想な美佳』を演じてやれば、すぐに憐れんで、満足げに財布を開くんだから。本当に、哀れで騙しやすいカモだったわ」
魂の残滓が、怒りで満たされた。私は彼らに向かって飛びかかった。この幽霊の手で、嘘つきな奴らの喉を締め上げてやりたいと必死に願って。
しかし、私の体は二人をすり抜けるだけだった。
「人殺し!」と私は叫んだが、声は出なかった。彼らには私が見えない。聞こえない。私が最大出力で放っている憎悪の嵐を感じることもない。
私は無だった。無以下の存在だった。
だがその時、ありえないことが起こった。
美佳の頭のてっぺんから、眩しい白い光が吹き出した。もし目が見えていたら、きっと眩しくて目を開けていられなかっただろう。
光は抗いようのない引力で、私の魂を裏切り者の頭へと引きずり込んでいく。
「やめて!」私は叫び、何もない空間を掻きむしった。「こんな地獄は嫌! あの女になるくらいなら、無に帰った方がマシだ!」
吸引力はさらに強まり、自分が圧縮され、折りたたまれ、人間の魂にはあまりにも狭すぎる空間へと押し込まれていくのを感じた。
美佳の生身の肉体へと強制的に押し込まれる中で、筆舌に尽くしがたい痛みが私の本質を貫いた。彼女の思考と記憶の隙間に、ねじ込まれるように。
すべてが暗転した。
目覚めた先は、最悪のシナリオだった。手慣れたリズムで私の上で体を動かす和也の顔が、目と鼻の先にある。熱い息が肌にかかった。
(嘘でしょ、嘘でしょ、嘘でしょ!)
胃が激しくせり上がった。両手で彼を突き飛ばし、ヘッドボードにぶつかるまで後ずさった。
彼に触れられた肌のすべてが、汚染されたように感じた。
「なんだよ、一体」和也の顔が困惑と苛立ちに歪んだ。「美佳、どうしたんだよ? 昨日の夜はあんなに欲しがってたのに、今更恥ずかしがってんのか?」
(美佳)彼は私を美佳と呼んだ。
自分の手を見下ろす。そこには、私の知らない、細く青白い指。剥げかけた黒いマニキュアが、まるで彼女の怠惰な本性を象徴しているようだった。
これは私の体じゃない。借り物の服のように、全てがしっくりこない。小さな胸、違う体のライン、そしてほのかにバニラの香水が香る肌。
私は彼女の中にいる。私を殺した女の、体の中に。
「気安く触らないで」どうにかそう言った。
自分の声ではなく、美佳のアクセントで言葉が紡がれた。舌の上で、言葉が奇妙にざらつくのを感じる。
和也の目が危険な光を帯びて細められた。「俺が触るのが、いつから問題になったんだ? 何ヶ月も前から、お前の方からせがんできてたくせに」
彼が再び手を伸ばしてくる。私はベッドから落ちそうになるほど、激しく身をすくめた。
息が詰まるほどの皮肉だ。私を殺そうと共謀した女の体に閉じ込められ、人殺しの夫に体をまさぐられようとしているなんて。
もし神様がいるなら、とんでもなく悪趣味なユーモアのセンスの持ち主だ。
「触るなと言ってるでしょう!」私は、かつて自分が持っていた経営者としての威厳を総動員して、唸るように言った。「その汚い手をどけなさい、このクズ!」
和也は、まるで平手打ちでも食らったかのように身を引いた。彼の表情は、数秒のうちに困惑から怒りへと変わる。「おい!てめえ、一体どうしたってんだ? まるで別人じゃねえか」
(ええ、その通りよ)私は別人。お前たちが殺した女だ。
考えなければ。この絶望的な状況で、この体を武器に変える方法を。殺されたことよりも、信じていた者に裏切られたことの方が、魂を深く引き裂く。
和也が私と結婚したのが金目当てだったことは、まだいい。ずっとそうじゃないかと疑っていたから。でも、美佳は? 私は彼女を、心から妹のように愛していたのに。
「そうよ、別人になったのかもね」どこまでごまかせるか探るように、私は慎重に言った。「あなたの汚らわしい秘密でいるのには、もう疲れたのかもしれないわ」
その言葉は、彼の気を静めるのに効果があったようだ。
彼は踵に腰を下ろし、黒髪を手でかきあげた。「そんなことないってわかってるだろ。俺たちはただ、絶好のタイミングを待たなきゃならなかっただけだ。もう絵里はいないんだから……」
彼がこともなげに私の名前を口にするのを聞いて、肌が粟立った。まるで私はもう忘れ去られた存在。ただ取り除かれただけの、障害物みたいに。
「いつから?」私は尋ねた。「いつから二人はこれを計画してたの?」
和也の笑みは冷たく、満足げだった。「計画したのは半年間。だが、俺たちが付き合い始めてからはもう一年以上になる。お前は完璧に役を演じきったよ、美佳。あいつは微塵も疑ってなかった」
一年。一年も、彼らは私を嘲笑っていたのだ。
だが、二人は決定的なミスを犯した。死が私の復讐を止められると思っていたのなら、殺す相手を間違えたのだ。
二人まとめて、破滅させてやる。内側から、徹底的に。







