第2章

小さなキャリーケースを引っ張り出し、最低限の服だけを放り込んだ。

窓の外ではまだ挙式が続いていて、笑い声がかすかに届いていた。

そのとき、廊下側で鍵が回る音がした。

反射的に顔を上げる。

扉が押し開けられ、濃いアルコールの匂いがどっと流れ込んできた。

アッシャー用のスーツを着た男が四人、押し合うように部屋へなだれ込み、後ろ手に扉を閉めて鍵をかける。

顔は知っている。デレクの取り巻きだ。いつも私に悪意を向け、ハンナとつるんで好き放題してきた連中。

「よう。新郎を奪われたお嬢様じゃないか」先頭の男が酒臭い息を吐き、いやらしく視線を這わせた。「一人で部屋にこもって、寂しいだろ?」

「だよなあ」別のアッシャーが手を擦り合わせながら近づく。「さっきハンナが言ってたぜ。おまえ、普段から寂しがりで我慢できないって。今日はデレクが相手できないから、外で寂しさに身を焦がして恥かく前に、俺らが『慰めてやれ』ってさ」

目を細める。

ハンナ。

式を奪うだけじゃない。私の清白まで、徹底的に踏みにじるつもりだ。

「出ていけ」

「気取ってんじゃねえ!」男が怒鳴り、いきなり手首を掴んできた。「デレクに捨てられたくせに、まだ自分が何様だと思ってんだよ」

吐き気がするほどの息が、顔にかかる距離まで迫る。

私は叫ばない。暴れない。

ただ、異様なほど冷静に、ドレッサーの上の眉用のハサミをひっつかみ、ためらいなく男の太腿へ突き立てた。

「ぎゃああっ!」

男は太腿を押さえて床に崩れ落ち、血が一気にカーペットを染めていく。

残りの三人が固まった。私がここまでやるとは思っていなかったのだろう。

「このクソ女! 手ぇ出しやがったな!」

三人が目配せし、顔つきが一斉に獣じみる。囲むように迫ってくる。

一歩退く。背中が壁に当たった。

今の体力じゃ、成人男性三人に勝てるはずがない。

「助けて! 誰か!」

必死に叫ぶ。

窓の外、挙式会場の誰かが異変に気づいたのか、ざわりと空気が揺れた。

母の声がすぐに重なる。

「気にしないでください。うちの娘、デレクとハンナの結婚が気に入らなくて、部屋で癇癪を起こしてるだけですから」

周囲の視線が一斉に母へ向き、同情の色が滲む。

父も続けた。

「さあ、教会へ行く時間だ」

そう言って人々を連れ、家から離れていく。

足音が遠ざかっていく。

目を閉じた瞬間、心臓が氷水に沈められたみたいに冷えた。

最後の、助かる可能性さえ——あの人たちは自分の手で潰すのだ。

次の瞬間、男の一人が飛びかかり、両手首を床へ押さえつける。私は必死に身をよじり、爪で男の頬を裂いた。赤い筋がいくつも走る。

誰も助けに来ないなら、せめて最後の尊厳だけは守る。

終わる。全部、ここで——そう思ったとき。

扉が外から、蹴り飛ばされる音が轟いた。

扉板が枠ごと外れ、鈍い音を立てて床に叩きつけられる。

黒いスーツの護衛が数人、雪崩れ込んできた。動きは無駄がなく、男たちを引き剥がして床にねじ伏せ、腕を背中へ回して押さえ込む。

続けて、濃い色の長衣をまとった年長者が三人、静かに入ってきた。

先頭に立つ当主の表情は、氷のように冷たかった。

女性の年長者が私のもとへ駆け寄り、上着を脱いで肩に掛け、そっと身体を支えて立たせてくれる。

「自分たちが何をしているか、分かっているのか」

当主の声は大きくない。それなのに、部屋の温度が数度落ちたように感じた。

床に押さえつけられたアッシャーの一人が、まだ喚く。

「おまえら何者だよ! 俺の親父が誰か知ってんのか!」

当主は鼻で笑い、手を上げると、躊躇なく平手を振り下ろした。乾いた音が響き、男の顔が横に弾ける。

「竜族の未来の女王に手を出した。おまえの父親が誰であろうと助からん」

当主は護衛へ視線を投げた。

「こいつらの身元を洗え。各家に通達しろ。本日をもってオルドリッジ家は一切の取引を打ち切る。それから衛兵に引き渡せ。我が家系と竜族に対する大逆罪だ。一族もろとも、二度と日の光を拝めぬようにしてやる」

男たちの顔色が一気に抜け落ちた。

当主が私の前まで来る。目つきがわずかに和らいだ。

「メレディス、すまない。遅くなった」

私は首を振る。

「……ありがとうございます」

護衛が男たちを引きずっていく。

ようやく、部屋に静けさが戻った。

当主は懐から、細工の凝った水晶瓶を取り出した。中には淡い青の光を宿した液体が揺れている。

「竜族の秘薬だ。誇り高き竜族に、人間を想い続ける不完全な花嫁は不要」

当主は私をまっすぐ見て、言葉を選ぶように続けた。

「飲めば記憶は失わない。ただ、あいつらに結びつく感情だけが消える。猶予はまだ残されているもう一度、考えるといい」

私は秘薬を受け取り、水晶越しに微かな光を見つめた。

すると、不意に幼い頃の記憶が浮かび上がる。

両親に連れられて本家の宴に出たとき、神棚に祀られていた竜族の秘薬を見た。

「あれ、なあに?」父の手を引いて訊いた。

父は笑って頭を撫でた。

「竜族の花嫁のための秘薬だ。飲めば、感情を全部忘れる」

「やだ、飲まない!」私は甘えた声で言った。「パパとママのことも、みんなのことも忘れたくないもん」

母は私を抱き上げ、優しく言った。

「じゃあ、いい子に大きくなって、好きな人と結婚しなさい。そうすれば竜族のところへ行かなくて済むわ」

父も笑って頷いた。

「相手さえちゃんとしていれば、私たちは絶対に反対しない」

あの頃は、本当に愛されていた。

父の友人が亡くなり、ハンナを家に迎えるまでは。

すべてが変わった。

掌に包むように大切に育ててくれた両親は、もうどこにもいない。

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