第1章

 論文の口頭審査の三週間前、誰かが研究室の私の作業台に、使用済みのコンドームとレースのパンティを置いていった。

 高橋治也は、日付が変わる前に写真を上げていた。午前二時、沢田教授の建物から出てくる女――顔にはぼかし、髪は後ろでまとめられている。彼は私の名前をタグ付けした。学内掲示板はそれを餌にして騒ぎ立てた。

 翌朝、沢田は私を座らせた。扉を閉めて、声は柔らかかった。論文を取り下げるのが「大人の判断」だと言った。私が拒むと、その柔らかさは消えた。

 その週末、両親が車でやって来た。父の手が挨拶より先に私の頬を打った。母は、私の名前より先に佳樹の名を口にした。

 眠るのをやめた。食べるのをやめた。電話に出るのもやめた。

 私が折れた夜、割れた画面に映る治也の写真を睨んでいた。指でつまんで拡大し、ぼかしの向こう、ざらついたノイズの向こうへと押し広げる。そこで見えた――女の左耳の後ろに、五つの小さな点。

 双子座。

 玲奈は毎朝、髪を結い上げるとき、そのタトゥーを指先でなぞっていた。私たちは同じ鏡を使っていて、私はそれを何百回も見てきた。

 真実を抱えたまま死んだ。そして、それを携えて戻ってきた。

 火曜日の七時十五分、目覚ましが鳴った。掲示板はまだ空っぽだった。口頭審査まで二十一日。

―――

 正午ごろ、論文候補の知らせが学内掲示板に載った。

 学科からのメールがスクリーンショットされていた。私の名前、論文の題名、「最優秀論文賞ノミネート」の文字が赤丸で囲まれている。下のキャプションには「全部入りの女」と書かれ、「彼氏いるの?」と続いていた。

 コメントはあっという間に積み上がる。

【神崎凛ってこの専攻でガチで一番頭いいよね。しかも美人??人生不公平すぎ(笑)】

【彼氏いるの? 自分のために聞いてるんだけど】

【あの席は実力で取ったでしょ。夜中過ぎまで研究室にいるの、数えきれないくらい見た】

 ベッドに寝転んだまま、それを一つ残らずスクロールして読んだ。表情は動かない。二分で十四件通知が来ても、脈は跳ねなかった。

 最初の人生では、スマホを落として二十分震えたまま座り込んだのに。

 そこへ治也のコメントが現れた。匿名のハンドルだったが、文体で分かる。

【「最優秀論文」ねえ。深夜の研究室訪問と借り物データで作ったやつだろ。月曜の朝の四階B区画、沢田の香水の匂いがするの笑う。彼女のデータセットを「手伝った」上級生に聞いてみ? 賞はちゃんと自力で取った人にやれよ。】

 すぐに誰かが反撃した。

【こんなの書くとか負け犬すぎ。人生やり直せ】

 それで火が付いたのか、一分もしないうちに二つ目が投下された。倍の長さで。

【負け犬? 証拠あるけど。写真も時間も全部。まあ崇拝しとけよ、背中じゃなくて尻で論文通した女を。】

 スマホがマットレスの上で震えた。私は裏返して、読み続けた。

 向かいのベッドで玲奈が身体を起こした。ずっと私を見ていたのだろう。

「それ、治也のアカウント。打ち方で分かる」彼女はもう立ち上がり、スマホを握っていた。

「十分ちょうだい。消させるから」

 返事を待たずにドアへ向かう。

 最初の人生では、私は彼女を行かせた。四十分後、滲んだ化粧と抱きついてくる腕と一緒に戻ってきて、「片付いたよ」と言った。投稿は残ったまま。三日後、写真が落ちた。

 片付いてなんかいなかった。何一つ、なかった。

「やめて」

 私はそう言って、スニーカーを履き、彼女の横をすり抜けて外へ出た。

 階段で玲奈が二度、私の名を呼んだ。私は距離で答えた。

 彼女はもう治也にメッセージを送っているはずだ。きっと「消して」じゃない。警告だ。

 火曜日の午後二時、治也はグレイモント・ホールで授業がある。東口から出てくるところを捕まえた。片肩にリュック、片手にコーヒー。

 私に気づいた瞬間、歩幅が乱れた。

「私が体を売って論文を通したって書いたよね」私はスマホを掲げ、彼のコメントを画面いっぱいに映す。

「証拠があるって言った。具体的に言って。何日の夜? どのデータ? 何を、どこで、あなたは見たの?」

 彼は画面を見て、それから私を見た。「いや、だって……学科のみんなが――」

「みんなの話は聞いてない。あなたが見たことを聞いてる。自分の目で。実際に目撃したの? それとも誰かに作り話を渡されただけ?」

 彼の口が開いて、閉じて、また開いた。役に立つ言葉は何も出てこない。

 背後で、コンクリートを叩く早足。玲奈だ。息を切らして追いついてきた。彼女は治也の肘をつかみ、私に聞こえるように小声で吐き捨てた。

「とにかく謝りなさい」

 治也が咳払いをする。

「分かったよ。俺が悪かった。ああいうの投稿すべきじゃなかった。ごめん」

 彼は私を見なかった。視線は玲奈に向いたままだった。

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