第112章

「霧音」

笠原灯が一歩踏み込み、二人の距離を詰めた。

彼特有の、ひんやりとしたシダーの香りが一気に篠原霧音の鼻腔を満たす。反射的に半歩退いた彼女の腰が、ひやりと冷たいキッチンカウンターに当たった。

「……何するの?」

霧音は警戒を隠さず、彼を見上げる。

「連中から解放してやれる」灯は見下ろすように言った。「お前が言いさえすれば」

「いらない」

霧音は即答した。

「自分で片づける。笠原灯、私たち、もうすぐ離婚するんでしょ。私のことに口出ししないで。……そのうち出てって。ここ、私の家だから」

灯の拳がぎゅっと握られる。善意で手を差し伸べているのに、まるで敵みたいに構えられる。

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