第68章

篠原霧音は、手にしていたフルーツナイフを果物皿の上へ、かたんと置いた。

大きな音ではない。けれど、静まり返った病室ではひどく耳についた。

――もう、本当に演じきれなかった。

いつまで続ければいいのだろう。

笠原灯と、仲睦まじい夫婦のふりをして。

あの人の心がまだこの家にあるみたいに、取り繕って。

もう、限界だった。

こんな吐き気のする茶番なら、いっそひと突きされたほうがまだましだ。

篠原霧音はティッシュを一枚抜き取り、指先についた果汁をゆっくり拭うと、奈々のほうへ顔を向けた。声はやわらかい。

「奈々、曾おばあさまにごあいさつして。もう帰るわ」

奈々は素直にこくんと頷いた。...

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