第73章

篠原霧音の頭の中で、どん、と何かが爆ぜた。

ありえない。

絶対に、ありえない。

彼女が彼を「あなた」なんて呼ぶはずがない。

「ふざけたこと言わないで」

篠原霧音は爪を掌に食い込ませ、無理やり平静を装った。

「笠原灯、今あんたの顔見ただけで吐き気がする。昨夜、もし私が何か言ったとしても――それは、あんたを別の人だと思ってただけ」

その瞬間、空気が凍りついた。

笠原灯の顔に浮かんでいた温もりが、ぱりぱりと音を立てて崩れていく。

――別の人だと思ってた。

その一言は、胸に刃を突き立てられるより痛かった。

笠原灯は乱暴に彼女の手首を掴んだ。骨が砕けそうな力で引き寄せ、容赦なく腕...

ログインして続きを読む