第77章

ほどなくして、廊下の向こうから笠原灯が鍵を開ける音がした。続いて、食器がかちゃり、と触れ合う乾いた響き。

扉の隙間から、辛い牛脂の匂いがすうっと入り込んでくる。家じゅうが一気に鍋の匂いに満たされた。

入口で、こん、こん、と軽い音が二つ。

「霧音」

扉越しに届いた笠原灯の声は低く、どこか作りものめいた優しさをまとっていた。

「食材、届いた。出てきて飯にしよう」

中は、しんと静まり返ったまま。

灯は焦れた様子もなく、指先で扉をとん、とん、と叩く。速くも遅くもない、じわじわと人の我慢を削るようなリズム。

「出ておいで、霧音」

「出てこないなら、ずっと叩くしかないな」

――どすん...

ログインして続きを読む