第92章

笠原灯はオフィスへ戻った。

扉が閉まる。外の気配も音も、そこで完全に遮断された。

灯は照明を点けないまま、まっすぐデスクの奥へ回り込み、革張りの椅子に腰を落とす。身体がずぶり、と沈み込んだ。

頭から離れないのは、新幹線の駅前で見た、あの光景だ。

古川司真が奈々を抱き、篠原霧音がその隣を歩く。

三人が並んだだけで、神経を針で引っ掻かれるように痛んだ。

奈々は古川司真の胸に頬を押しつけたまま、灯のほうを見ようともしない。

「古川おじさん、来週末に連れてってくれるもん」

「もう、パパいらない」

幼い声が、何度も何度も耳の奥で再生される。

笠原灯は手を上げ、ネクタイを乱暴に緩めた...

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