第96章

篠原霧音は二歩ほど前へ出て、ベッド脇で足を止めた。

「薬、飲んだ?」

ベッドの上の男を見下ろす視線は冷え切っていて、声にも抑揚がない。

笠原灯はマットレスに手をつき、手の甲の血管を浮かせながら、ようやく上体を起こした。

掛け布団がずるりと落ち、汗で濡れたシャツが露わになる。襟元は開き、鎖骨には細かな汗がびっしり張りついていた。

「……飲んでない」

ひゅっと息を吸う。掠れた声に鼻声が混じる。

「何を飲めばいいのか、分かんねえ」

篠原霧音の口元が、嘲るようにわずかに歪んだ。

笠原灯という男は、仕事では容赦なく切り捨てるくせに、生活となると驚くほど何もできない。

結婚して十年。...

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