第1章
ロープが手首に痛々しく食い込み、カビと錆の黴臭い匂いが廃倉庫に充満していた。なんとか目を開けようともがくと、視界が徐々にはっきりしてくる。
すぐ隣には、同じように椅子に縛り付けられた藤森映美がいた。頬には涙の跡がまだ残り、どうしようもなく無力に見える。彼女を慰めようとしたが、自分の口がダクトテープで塞がれていることに気づいた。
「目が覚めたか?」しわがれた声が正面から聞こえた。
いかつい顔つきの屈強な誘拐犯がナイフを弄んでいる。その刃は、薄暗い光の中で不気味に煌めいていた。
「お前の彼氏ももうすぐ来るはずだ」男は黄ばんだ歯を見せてニヤリと笑う。「お前を十分に愛してるといいな」
心臓が激しく高鳴った。
望は絶対に助けに来てくれる。来てくれるはず!
四年間。丸々、四年間も。大学一年生の時のあの自動車事故で、望が私を死の淵から引き戻してくれた。その瞬間から、彼が私の世界のすべてになったのだ。
彼のために洗濯をし、食事を作り、レポートを代筆した。彼が他の女の子を口説く手伝いさえした。みんなは私のことを都合のいい女だと言ったけれど、気にしなかった。だって、望の心の中のどこかには、私のための場所があると信じていたから。
最初に彼と出会ったのは私だ。大学の四年間、ずっと一緒に過ごしたんだから。
倉庫の扉がこじ開けられる音で、私の記憶は中断された。
「千鶴! 映美!」
望の声! 本当に来てくれた!
必死にもがいて彼の方を見ようとすると、涙が瞬時に込み上げてきた。やっぱり! 望が私を見捨てるはずがないって、わかってた!
「動くな!」誘拐犯が立ち上がり、ナイフを映美の喉元に突きつけた。「一歩でも近づいてみろ、こいつを殺すぞ!」
望は立ち止まり、両手を上げた。私が買ってあげた白いシャツを着ていて、彼は格別に格好良かった。こんな危険な状況でも、私の心臓は高鳴りを抑えられない。
「何が望みだ? 金か? 金ならくれてやる」望の声は、いつものように落ち着いていて、頼もしかった。
誘拐犯は下品に笑った。「金? 坊や、俺たちは金が目当てじゃねえんだよ」その表情が険しくなる。「復讐だ。四年前、お前の親父の会社に俺たちは潰された。そのツケを払ってもらう時が来たんだ」
「それはただのビジネス上の――」
「黙れ!」誘拐犯はナイフを振り回した。「今から、お前に選択肢をやろう」
彼は映美と私を指差した。「助けられるのは一人だけだ。選べ、金持ちの坊ちゃんよ」
え?
頭の中が真っ白になった。一人を選ぶ? それって、どういう意味?
「時間はねえぞ。さっさと選べ!」別の誘拐犯が苛立ったように吠えた。
私は必死に望を見つめた。期待に満ちた瞳で。テープで口は塞がれていても、私の表情を読み取ってくれると信じていた。
私を選んで、望! 私を! あなたのために、あんなに尽くしてきた。四年間も、ずっとあなたを愛してきた。私の青春のすべてを捧げたんだよ。あなたが私以外の人を選ぶなんて、ありえないよね?
時が止まったかのようだった。
望の視線が、映美と私の間を行き来する。彼の顔は青ざめ、額には汗が玉のように浮かんでいた。
そして、彼は手を上げた。
その指が、ゆっくりと向けられたのは……。
「こっちを選ぶ」
映美?
嘘、ありえない!!!
望は映美を指差した。その声は穏やかだったが、私には雷に打たれたような衝撃だった。「映美を選ぶ。……千鶴、すまない」
すまない?
私は信じられないという思いで彼を見つめ、今聞いたことをまったく理解できなかった。
「望くん……」映美の目からたちまち涙が溢れ、声が震える。「怖いよぉ……」
「大丈夫だ、俺がついてる」望の声は信じられないほど優しくなった――私が今まで一度も聞いたことのない、甘い響きだった。「誰にも映美ちゃんを傷つけさせたりしない」
映美ちゃん?
いつ、彼が私をそんな風に呼んだことがあった?
誘拐犯は満足げに頷いた。「いい選択だ。賢い男だな」彼は映美のロープを解くと、悪意に満ちた目で私を見た。「こいつは……連れて行け」
いや!
私は必死にもがき、声を出そうとし、望になぜなのかと問い質したかった。けれどテープはきつすぎて、くぐもった音しか出せない。
二人の誘拐犯が、私を倉庫の奥へと乱暴に引きずっていく。私は望と映美を振り返った。彼がまるで磁器でも扱うかのように、慎重に彼女の手首からロープを解いているのが見えた。
「もう終わりだ。大丈夫」望は優しく映美を抱きしめ、その背中をそっと撫でた。「もう誰にも君を傷つけさせない」
映美は彼の胸に寄りかかり、すすり泣いた。「望くん、もう二度と会えないかと思った……」
「絶対にない。そんなことは絶対にない」望は彼女の頭のてっぺんにキスをした。「映美、愛してる」
愛してる。
彼は、愛してると言った。
映美に。
私には、一度も言ってくれなかったのに。
倉庫の隅は暗く、冷たかった。私は地面に乱暴に投げ出され、全身に痛みが走った。
「可愛い子ちゃん、どうせ死ぬんだ。その前に少し楽しもうじゃないか」誘拐犯の手が私に伸びてきた。
必死に身をかわそうとしたが、縛られていて動けない。
倉庫の向こうから、まだ望が映美を慰める声が聞こえてくる。「怖がらなくていい。もうすぐ家に帰れる。俺が一生、君を守るから……」
一生。
彼は、一生、映美を守る。
じゃあ、私は?
四年間も彼の服を洗い続けた私は? 彼のために数えきれないほどのレポートを書いた私は? 彼を自分の世界のすべてにしてきた私は?
私って、彼にとって何だったの?
ナイフが体に突き刺さった時、その痛みで意識を失いかけた。
血。たくさんの血。
命がゆっくりと流れ出ていくのを感じた。
「のぞむ……」最後の力を振り絞って彼の名前を呼ぼうとしたが、声はあまりにも弱く、自分でも聞き取れなかった。
どうして……どうして、私を愛してもいない人のために、一番美しい四年間を無駄にしてしまったんだろう?
どうして、こんなに馬鹿だったんだろう?
意識が薄れていく中、望の優しい声が聞こえた。「映美、帰ったら結婚しよう……」
結婚……
彼らは、結婚する……
そして私は、死んでいく。
なんて皮肉なの。
私は目を閉じ、涙が頬を伝った。
もし来世があるなら……絶対に……絶対に、望みたいな人には二度と恋をしない……
「あっ!」
私は息を切らしながら、勢いよく身を起こした。
え? 私、死んだんじゃなかったの?
カーテンの隙間から太陽の光がベッドに差し込み、部屋はジャスミンの微かな香りに満ちている。ここは……私のアパートの部屋?
慌てて壁に貼っていたカレンダーを見た。そこにははっきりとこう書かれていた――九月二十五日。
九月二十五日? 大学四年生の初日?
震える手で胸に触れる。傷一つなく、無事だった。
夢だったの?
いや、あまりにもリアルすぎる。あの裏切られた感覚、あの絶望感――夢が生み出せる感情じゃない。
私は戻ってきたんだ。
本当に、戻ってきた! 一年前に。
私は深呼吸をして、拳を握りしめた。
今度こそ、絶対に同じ過ちは繰り返さない。
望、この人生では、あなたのために一秒だって無駄にしたりしないから!
