第5章

熱かった。

肌を焦がす灼熱の炎、呼吸を奪う濃煙。

「助けて……誰か、助けて!」

監獄の中、燃え広がる炎に囚人たちの悲鳴が木霊する。

彼女は煙に目を焼かれ開けることもできず、ただ絶望と共に熱した鉄の扉を叩き続けた。

「開けて! ここから出して! お兄ちゃん……助けて!」

「神代雪璃!」

誰かの呼ぶ声に、弾かれたように目を覚ます。

荒い呼吸、激しく上下する胸、額には冷や汗がびっしりと浮かんでいた。

また、悪夢だ。あの監獄へ引き戻されていた。

牢屋のボスである巨漢の女に暴行を受け、耐えきれずに自ら火を放ったあの夜。

夢の中で、自分を虐げた者たちが炎に巻かれていく。そして、自分自身もまた。

だが、目の前にあるのは紅蓮の炎ではなかった。

視界を埋め尽くすのは、純白。

天井も、壁も、シーツも……全てが白一色だ。

鼻をつく消毒液の臭い。

ここは病院だ。

私は、死んでいない。

その事実は、鉛のように重く神代雪璃の胸にのしかかり、呼吸さえも困難にさせた。

なぜ……なぜ生かしたの?

生きるということは、一つの地獄から別の地獄へ移ることに過ぎないのに。

「目が覚めた? 悪運が強いわね」

からかうような女の声がして、神代雪璃はゆっくりと顔を向けた。

若い看護師が点滴のボトルを交換しているところだった。

生きる気力など微塵も感じさせない彼女の様子を見て、看護師は呆れたように口を尖らせた。

「ねえ、お嬢さん。大した生命力よ。脳震盪に重度の低体温症、担ぎ込まれた時は半死半生だったんだから。処置をしてて驚いたわ、その足……古傷も相当酷いじゃない。もっと自分を大事にしなきゃ、神様だって見放すわよ」

神代雪璃は何も答えず、透明な液体が一滴、また一滴と自分の血管へ落ちていく様を、ただ虚ろな目で見つめていた。

死にたいと願っても、この世界は死ぬ権利さえ与えてくれない。

看護師は首を振り、空になったボトルを提げて出て行った。

病室に再び神代雪璃一人だけが残された。疲弊しきっていた彼女は、やがて泥のように眠り込んだ。

次に目を覚ました時、窓の外はすでに夜の帳が下りていた。

瞬きをすると、全身が軋むように痛む。

「起きたか?」

低い声に驚いて振り返ると、少し離れたソファに深く腰掛け、長い足を無造作に組んでいる霧生嵐の姿があった。

病室の白い壁、彼を照らす明瞭な光。その顔に浮かぶ笑みともつかない表情が、神代雪璃にはひどく不気味に映った。

霧生嵐はゆっくりとベッドに歩み寄り、見下ろした。その瞳には隠そうともしない軽蔑と嫌悪が渦巻いている。

まるで失敗作の芸術品を品定めするかのように、彼女を頭のてっぺんから爪先まで視線を走らせる。

蒼白でやつれた顔、乾いてひび割れた唇、そしてぶかぶかの患者衣が、彼女の骨と皮ばかりの体をより一層強調していた。

「起きたか?」

彼はもう一度口を開き、口端を歪めて嘲笑った。

「苦肉の策とは恐れ入ったよ、神代雪璃。跪いて許しを請うだけじゃ物足りず、今度は死にかけて同情を引くつもりか?」

心臓が締め付けられるように痛む。

口を開きかけたが、反論は飲み込んだ。どうせ彼の中で、私は狡猾な女と決まっているのだ。

だが彼女の沈黙は、逆に彼の苛立ちを煽ったようだ。

「ダンマリか?」

神代雪璃は乾いた唇を引き結び、視線を彼に向けた。

「霧生嵐社長の中ですでに答えは出ているのでしょう。私が何を言おうと無駄です」

霧生嵐は冷笑し、身を屈めて彼女の顎を指先で強く挟んだ。

「月見映司がなぜそんなに親切にお前を病院へ運んだと思う? 神代雪璃、男なら誰でもその死に損ないのような姿に騙されるとでも思っているのか?」

彼の指先は氷のように冷たいのに、力は驚くほど強い。

屈辱の涙が眼窩で揺れたが、彼女は必死に堪え、押し戻した。

泣いてはいけない。

涙を見せれば、彼はさらに興奮するだけだ。

「今の自分を見てみろ」

霧生嵐の声は嫌悪に満ちていた。

「髪は鳥の巣、顔は死人のように真っ白、体は骨だらけ……吐き気がするほど醜い」

醜い……。

そうね、彼が今の私を愛するはずがない。

かつてステージで光り輝いていた『神代のお嬢様』はもういない。ここにいるのは、傷だらけで泥にまみれ、塵のように卑しい囚人だけだ。

神代雪璃は目前にある彼の端正な顔を見つめた。かつて優しさを湛えていたその瞳には、今や嫌悪しか残っていない。

彼女はふと笑った。泣き顔よりも辛そうな笑みだった。

ゆっくりと手を上げ、自分の顎を掴む彼の手の甲に触れ、掠れた声で言った。

「霧生嵐社長が気に入らないところがあるなら、私が直します」

霧生嵐は一瞬言葉を失い、眉をひそめた。

神代雪璃の瞳は、恐ろしいほど空虚だった。

霧生嵐は顎を掴む指に、無意識に力を込めた。

彼の視線は、初めてまじまじと眼前の女の顔を審視した。

間違いなく神代雪璃の顔だ。

だが、何かが決定的に変わってしまっている。

二年前の神代雪璃は、H市で最も輝く宝石だった。

勝気で、自信に満ち、スポットライトを浴びる彼女は、世界の全ての光を集めているかのようだった。

その瞳はいつも眩いほどの光を放っていた。

だが今はどうだ?

眼前の女は頬がこけ、見る影もなく痩せ衰えている。

その骨の髄まで染み付いた疲弊と悲哀は、どんな高価な化粧品でも隠せやしない。

自分が手ずから、璀璨たる宝石を卑しい塵へと砕いたのだ。

その認識が、霧生嵐の胸に鋭い棘のように突き刺さった。

だが、その痛みは瞬く間に消え去った。

「直す?」

霧生嵐は鼻で笑った。

「どうやって? その死人のような顔でか? それとも、触れれば砕けそうなその体でか?」

病室の空気が凍りついたように冷たく、息苦しい。

神代雪璃は瞼を伏せ、口を閉ざした。

何を言っても間違いで、何をしても間違いだ。

沈黙するしかない。

コン、コン、コン!

その時、急なノックの音が死寂を破った。

興を削がれた霧生嵐は、不機嫌そうに眉を寄せ、怒鳴った。

「入れ!」

扉が開き、保温ポットを手にした長身の男が入ってきた。

来訪者の顔を見た瞬間、神代雪璃の瞳孔が収縮した。

月見映司?

なぜ彼がここに?

驚きの後、彼女はすぐに頭を低くし、貝のように口を閉ざすことを選んだ。

今ここで一言でも多く話せば、死期が早まるだけだ。

神代雪璃の顎を掴む霧生嵐を見て、月見映司の眼差しが凍りつく。

ドンッ!

彼は手にしたポットをサイドテーブルに乱暴に置いた。

「霧生嵐、ちょっと来い。話がある」

月見映司の声は、抑えきれない怒りを孕んでいた。

「話?」

霧生嵐はようやく神代雪璃を解放し、ゆったりと背筋を伸ばすと、挑発的な笑みを浮かべた。

「ここで話せばいい。こいつに聞かれて困ることでもあるのか?」

彼はベッドの上の神代雪璃を一瞥した。まるで飼い慣らされたペットを見る目だ。

「見ろ、こいつは聞き分けがいい」

その言葉は平手打ちのように、激しく神代雪璃の頬を張った。

体が強張り、羞恥心が波のように押し寄せて彼女を飲み込む。

もう、ここにはいられない。この居た堪れない部屋から逃げ出したかった。

「私……お、お手洗いに」

彼女がベッドの縁に手をつきかけたその時、銀色の金属が彼女の手の甲に叩きつけられた!

霧生嵐のライターだった。

「っ……」

神代雪璃は痛みに息を呑んだ。手があっという間に赤く腫れ上がる。

「誰が動いていいと言った?」

霧生嵐は冷酷な眼差しで彼女を見下ろした。

「大人しく寝ていろ。そこで聞いていろ」

神代雪璃は震え上がり、全ての動作を止めた。

ゆっくりと手を引っ込め、布団の中に身を縮める。微動だにすることもできない。

「霧生嵐!」

月見映司の顔色が土気色に変わる。

「一体どういうつもりだ! 彼女をこんな風に縛り付けて、優心はどう思う?」

「ああ?」

霧生嵐は気怠げに月見映司を見た。

「なら教えてくれよ、俺はどうすればいい?」

そのふざけた態度が、月見映司の怒りに油を注いだ。

彼は深く息を吸い、覚悟を決めたように一字一句、噛み締めるように言った。

「彼女を追い出せ! H市から消え失せろ! 二度と俺たちの前に現れるな!」

H市から出て行け……。

その言葉は、鋭利な刃物となって神代雪璃の心臓を突き刺した。

痛い。

足が折れた時よりも痛い。

彼女は思っていた。月見映司なら、少なくとも……

わずかばかりの慈悲があるのではないかと。

だが結局、彼にとっても自分は廃棄すべきゴミでしかなかったのだ。

霧生嵐はまるで最高のジョークでも聞いたかのように、喉の奥で嗤った。

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