第66章 ボートを漕ぐ

「明日、帰る」

もう一度だけそう返すと、冬木澪は本の表紙に入ったサインへ目を落とした。ふいに、妙な既視感が胸の奥をかすめる。

どこかで見た筆跡だ。

たしか、暗号化された「プロジェクト『ブラックアイス』」関連のファイルの中で。

夕陽が完全に沈むころ、冬木澪はホテルへ戻った。

スマホには藤堂湊のメッセージ。

【部屋の前にいる】

ドアを開けると、彼は紙袋を提げて立っていた。中には黒いトレンチコート。

「夜は冷える」

差し出しながら、視線が澪の手にある古い本へ落ちる。

「買ったの?」

「うん」

「面白い?」

「まあまあ」

湊は小さく笑い、身を引いて彼女を中へ通した。

「...

ログインして続きを読む