第1章

深夜二時の空港は、まるで廃墟と化した宇宙ステーションみたいに冷え切っていた。

私は到着ロビーの隅で、凍えるように冷たい壁に背を預けてしゃがみ込んでいた。スマートフォンの画面が点いたり消えたりを繰り返している。フライトが三時間も遅延して、私の忍耐力はとっくに限界だった。新浜市から高峰市への帰路は、想像していたよりもずっと長く感じられた。

「兄さんの野郎、電話に出ろっての!」七回目の発信をしながら、私は小声で毒づいた。

やがて、酔っ払った声が応答した。「もしもーし? どちらの可愛いお嬢さんかな?」

「あんたの妹よ!」私は歯ぎしりした。「空港にいるの。迎えに来てくれるって言ったじゃない」

「おお、おお……迎えか、もちろん行くとも!」颯真の声は、背後で鳴り響く大音量の音楽にかき消されそうだ。「誰か行かせるからさ、心配すんなって、莉奈……」

「お兄ちゃん! 聞いてるの? 莉奈だってば、あんたの妹よ!」

「はいはい、任せとけって……」

電話は切れた。私はスマートフォンの画面を睨みつけた。あの男、完全に酔っ払ってて、私の話なんて一言も聞いてない。でも、少なくとも誰か寄越すとは言った。一人でタクシーに乗って大学まで帰るよりはマシか。

三十分後、黒いピックアップトラックが乗降場に滑り込んできた。ドアが開き、長身の人影が降り立つ。

心臓が、どきりと跳ねた。

街灯の柔らかな光を浴びる金色の髪、すっと通った鼻筋、忘れようにも忘れられない緑色の瞳……。古賀真だった。高峰大学のクォーターバックで、兄の親友で、そして……高校時代、私が憧れる人。

兄さんのバカ! なんでよりによって彼を寄越すのよ? 私は慌ててスマホのインカメラで自分をチェックする――髪はぐちゃぐちゃ、口紅は滲んでるし、目の下にはクマ!

彼は誰かを探しているようにあたりを見回していた。そして、地面にうずくまる私に視線が留まると、その表情が困惑から驚きへと変わった。

「もしかして……莉奈ちゃん?」彼は信じられないといった声で、こちらへ歩み寄ってきた。

「えっと……どうも?」私はぎこちなく立ち上がり、ジーンズの埃を払いながら、平静を装おうと努めた。「あなたは……」

「真だ」彼は手を差し出した。「古賀真。颯真の友達」

私はわざと一瞬ためらってから、その手を取った。「あ……どうも。松原莉奈です」

彼の緑色の瞳が、私をじっと観察している。「俺のこと、覚えてる? 家で会ったことあるだろ」

「えっと……」私は記憶を辿るふりをした。「ごめんなさい、物覚えが悪くて。兄さんの、ご友人でしたっけ?」

真の表情に一瞬、失望の色がよぎったが、すぐに笑顔でそれを取り繕った。「気にするな、あの頃はまだ子供だったしな。あのバカ、インタビューしたいっていうスポーツ記者を迎えに行くように言ってきたんだ。まさか自分の妹だとはな」

「スポーツ記者?」私は目を丸くした。「だから電話で話が噛み合わなかったんだ! 私のこと……」

「高峰日報の記者だよ。あいつのことデートに誘おうとしてる」真は私のスーツケースを掴んだ。「ほら、車に乗って。高峰市の朝は、新浜市より冷えるぞ」

助手席に滑り込むと、懐かしい男性的な香りと、ほのかなコロンの匂いに包まれた。心臓が早鐘を打ち始めるのを、平静を装って必死に抑える。

「さてと」彼がエンジンをかける。「高峰市へおかえり、莉奈」

あの気だるい口調で自分の名前を呼ばれて、背筋がぞくぞくした。

「ありがとう……真」私は声が震えないように努めた。

トラックは空港を出て、誰もいない高峰市の高速道路に乗った。緊張で手のひらに汗が滲む。何を話せばいいのか分からない。息が詰まるような緊張感から逃れるため、私は寝たふりをすることに決めた。

「疲れたか?」彼が優しく尋ねる。「大学までまだ一時間はある。休んでていいぞ」

「うん……ちょっとだけ」私は目を閉じ、シートに深くもたれかかった。

最初はふりだったのに、シートヒーターの暖かさと一日の疲れが、本物の眠気を誘った。意識が曖昧になり、眠りと覚醒の狭間を漂う。

朦朧とする中で、何かが頬を撫でるのを感じた。乱れた髪をそっと直すような、指先の温もり。羽のように軽くて、慎重で、優しい手つき。

風かな? 私はぼんやりと思った。窓はちゃんと閉まっているのに……。

「莉奈……」低い声が、私の名前をそっと呼んだ。今まで聞いたこともないような、優しい響きで。

目を開けて確かめたかったけれど、まぶたが鉛のように重い。夢うつつの感覚が、現実と幻想の区別を曖昧にさせる。

高校時代の記憶が心に浮かんでくる。あの頃の真は、アメフト部の青と白のスタジャンを着て、太陽の下で金色の髪を輝かせていた。いつも颯真と一緒にキャンパスに現れて、周りには色んな女の子がいた。そして私は、ただのその他大勢で、遠くから彼を見つめているだけ。

彼の笑顔を、フィールドで汗を流す姿を、裏庭で颯真とフットボールを投げ合っていた午後の光景を思い出す。

あの頃から、この人は特別なのだと分かっていた。

トラックが停止した軽い衝撃で、私は少しだけ意識を取り戻した。真が優しく私の肩を揺する。「着いたぞ、眠り姫」

私ははっと「目覚め」、自分がまだシートにもたれかかっていることに気づいて、顔が一気に赤くなる。

「送ってくれてありがとう」私は慌てて荷物をまとめ、車を降りる準備をした。

「どういたしまして」彼は後部座席から私のスーツケースを取り出す。「おかえり、莉奈」

スーツケースの取っ手に手を伸ばすと、私たちの指先が偶然触れ合った。電気が走ったような感覚に、二人とも動きを止める。

「あの……真?」私は彼の方を向いた。月明かりの下、彼の瞳は海のように深い。

「ん?」

私は一度まばたきをしてから、不意にいたずらっぽい笑みを浮かべた。「ありがとう、クォーターバックさん」

真の表情が、ぴしりと固まった。彼は目を大きく見開いて私を見つめ、それからゆっくりと口元を綻ばせた。

「なんだ、最初から覚えてたのか」

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