第2章

 莉奈視点

 午後の日差しが学生会館のブラインドの隙間からリビングに差し込んでいた。空気はプロテインパウダーと汗の匂いでむせ返るようだ。

 私は暗証番号で玄関のドアを開けた。颯真を家族でのバーベキューに引っ張り出すためだ。

 「兄さん? どこにいるの、この怠け――」

 言葉が喉の奥で消えた。

 キッチンアイランドの前に、古賀真が上半身裸で立っていた。プロテインシェイクを飲んでいる。

 嘘……。

 彼の背後から、高峰市の日差しが降り注ぎ、その完璧な腹筋に、誘うような影を落としている。その筋肉のラインは、まるでギリシャ彫刻のように美しく刻まれていた。胸板は厚く力強く、腰から伸びるVラインは……その下へと続いている。

 危うくスマホを落としそうになった。

 『しっかりしなさい、莉奈! 彼は兄さんのチームメイトでしょ!』

 けれど、私の目は言うことを聞かず、彼の肌の隅々まで貪るように見つめてしまう。トレーニング後の汗がまだ鎖骨に残り、太陽の光を浴びてきらりと光っていた。

 真は私の視線に気づき、こちらを振り向いた。

 「おはよう、お嬢さん」彼の声は低く魅力的で、唇にはあの必殺の笑みが浮かんでいた。「気に入った?」

 顔が一瞬で真っ赤に燃え上がった。「わ、私……見てないから! 颯真に用があって来ただけだから!」

 「本当?」彼は眉を片方上げ、シャツを着る素振りも見せない。「じゃあ、君の目はさっき何をうっとりと眺めてたんだ? 俺の後ろの景色でも?」

 図星だ!

 逃げようとくるりと向きを変えた途端、コーヒーテーブルの角に思いきりぶつかった。膝に鋭い痛みが走り、見下ろすと、擦りむいた皮膚から血が滲み始めていた。

 「いたっ……」と私は呟いた。

 次の瞬間、真が目の前に現れた。

 「見せて」彼はしゃがみ込み、その声は打って変わって優しくなっていた。

 「大丈夫、ただの擦り傷だから……」私は後ずさろうとしたが、彼はすでに私のふくらはぎをそっと掴んでいた。

 その瞬間、体中に電流が走ったような感覚が突き抜けた。彼の手は温かくて少しごつごつしていたけれど、その手つきは羽のように軽かった。

 「座って。手当てするから」その口調に、逆らう余地はなかった。

 私は素直にソファに腰掛け、彼が棚から救急箱を取り出すのを見ていた。

 彼は私の前にひざまずき、ウェットティッシュで慎重に傷口を拭ってくれる。その指が触れるたびに、心臓がドキドキと速くなった。真剣な彼の表情を見ないようにしたけれど、その優しさには抗えなかった。

 「痛む?」彼は私を見上げた。緑色の瞳が心配そうに揺れている。

 「ううん」と私は嘘をついた。本当はかなり痛かったけれど、そんなふうに見つめられると、痛みをまったく感じなかった。

 「莉奈! 何ガン見してんだよ!」

 階段から怒号が響いた。パジャマ姿の颯真がドスドスと降りてきて、その光景を見るなり即座に爆発した。

 「それにアンタ! なんで俺の妹に触ってんだよ!」

 真はゆっくりと立ち上がり、落ち着いた表情で言った。「落ち着けよ、キャプテン。彼女、怪我したんだ。手伝ってやってるだけだ」

 「手伝ってるだぁ?」颯真の声が一段と高くなった。「なんでお前の手がこいつの脚にあんだよ? それに、なんでシャツ着てねえんだ!」

 「兄さん!」私は恥ずかしさと怒りで立ち上がった。「馬鹿なこと言わないで! 私がテーブルにぶつかって怪我したの! 真さんが手当てしてくれてただけじゃない!」

 「それに」と颯真は私を指さした。「なんでお前、そんなに顔が赤いんだ?」

 「赤くなん――」

 「赤いだろ!」颯真は私の腕を掴んだ。「キッチンに来い。今すぐだ。話がある」

 真はリビングに立ち、この茶番劇を面白そうに、でもそれをほとんど隠そうともせずに眺めていた。

 キッチンで、颯真の過保護な兄モードが炸裂した。

 「莉奈、お前な、男の前でそんな無防備にうろちょろするな!」彼は真剣な顔で言った。「あいつらはみんな獣だ。頭の中がどうなってるか、お前には分かりっこないんだ!」

 「男の前でうろちょろなんてしてない! バーベキューに呼びに来ただけだってば!」

 「じゃあなんであいつの体をジロジロ見てたんだ?」颯真の視線は、まるで犯罪者を尋問するかのようだ。「お前の顔、俺は見てたんだぞ!」

 私の顔がまた赤くなった。「わ、私……見てないってば……」

 「それに、なんでドアの暗証番号を知ってんだ?」

 「兄さんが教えたんじゃない! 緊急の時は直接入ってきていいって言ったでしょ!」

 颯真はこめかみを押さえた。「緊急事態ってのは火事とか地震のことだ! 半裸の男をジロジロ見るために押し入ってくることじゃないだろ!」

 颯真の終わりのない説教を聞きながら、私の意識は四年前へと飛んでいた。

 高校最後の卒業パーティーの夜、真はフットボールチームのスター選手として、黒いタキシード姿で出席していた。彼は王子様のように優雅で、周りにはいつも女の子たちが群がっていた。

 でもその夜、彼は隅っこに座っていた私のところへ歩いてきた。

 「一曲、踊っていただけますか、莉奈ちゃん?」彼は微笑んで、手を差し出した。

 夢を見ているのかと思った。

 私たちはダンスフロアの中央でゆっくりと体を揺らした。彼の指が優しく私の腰に添えられ、首筋にかかる息が温かかった。それは高校生活で最も美しい三分間であり、私が完全に彼に恋に落ちた三分間でもあった。

 曲が終わると、彼は私の耳元で囁いた。「大人になったな、莉奈。綺麗だよ」

 そして彼は他の女の子たちに引き離され、私は一人、胸が締め付けられるような思いでダンスフロアの真ん中に立ち尽くしていた。

 「莉奈! 聞いてんのか、お前!」颯真の声に、私ははっと我に返った。

 「聞いてるよ」と私は気のない返事をした。

 「莉奈、俺は本気で言ってるんだぞ」颯真の表情は真剣そのものだった。「うちのチームの野郎共が……中でも真が特に、危険だ」

 「危険?」私は思わず聞き返した。「どういう意味?」

 颯真はためらった。「とにかく……あいつには近づくな。お前にとって良い相手じゃない」

 颯真が止めれば止めるほど、もっと近づきたくなるのを、私は心の中で分かっていた。

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