第1章
第一章 愛美の視点
喉から引き裂くような悲鳴がほとばしり、悪夢から私を引きずり戻した。
ちくしょう、またあの夢……。
シルクのシーツの上で体が痙攣し、冷や汗でネグリジェがじっとりと濡れていた。肌の隅々までが震えている。あの黒い手、嘲るような笑い声、そしてあの顔――いつも大輝の顔が、影の中で私が引き裂かれるのを見ている。
「シーッ……ただの悪夢だ。僕がここにいる、君は安全だ」
その声は吐き気がするほど優しく、すぐにたくましい腕が私を包み込んだ。額に温かい吐息がかかり、それから壊れ物を扱うように、慎重で丁寧な、柔らかなキスが落とされる。
やめて!全身が拒絶していた。この感触は肌が粟立つ。愛情からではなく、嫌悪から。
「勝手に触らないで!」私は彼を強く突き飛ばした。「離れろ!」
彼はすぐに体を離し、降参するように両手を上げた。私はベッドの反対側まで這うように移動し、膝を胸に抱えてボールのように丸くなる。高価なシルクのカーテンから差し込む朝の光が、彼の顔を照らし出した――深いブラウンの瞳、シャープな顎のライン、眠りで少し乱れた黒髪。三年前、私はこの顔を愛していた。今では吐き気を催すだけだ。
「わかった、もう触らない」と彼は静かに言った。「深呼吸して、愛美。悪夢はもう終わったんだ」
終わり? 冗談じゃない、何も終わってなんかいない。私の人生そのものが、終わりのない悪夢なんだ。
ベッドからゆっくりと立ち上がる彼を、私は見つめていた。一つ一つの動きがとても慎重で、配慮に満ちている。私が状況に順応するための時間を十分に与えようとしている。彼は私の張り巡らせた地雷原を、つま先で歩く方法を学んでしまったのだ。
それが、彼をさらに憎ませた。
「朝食を作るよ」白いTシャツをを着ながら、彼は言った。「ブルーベリーマフィンだ。君が好きだろ」
私の、好きなもの? まだ覚えていたっていうの?
「本当に、完璧な夫よね」私は皮肉を込めて言った。
彼の動きが一瞬止まったが、何も言わなかった。ただ傷ついた、けれどなおも優しい表情で私を見て、それから部屋を出ていった。
廊下を遠ざかっていく彼の足音、そしてキッチンから聞こえてくるかすかな物音に耳を澄ませた。鍋やフライパンの音、水の流れる音、オーブンの予熱のうなり。私たちの結婚がレイプと強制の上に成り立っているという事実を無視すれば、あまりにありふれた家庭の営みだった。
私は主寝室――というより、私の牢獄を見回した。イタリア製の特注家具、手織りのペルシャ絨毯、壁には値段の付けられないような美術品。すべてが、今の私が十条大輝の世界に属していることを思い出させた。
属している。なんて胸糞の悪い言葉だろう。
ブルーベリーマフィンの香りが漂ってきて、裏切り者の胃がぐぅっと鳴った。ちくしょう。ベッドから無理やり這い出し、こわばった足を引きずってキッチンへ向かった。
大輝はカウンターに背を向けて立ち、ベイキングに集中していた。
私はバースツールに滑り込むように座った。木製の座面が骨身に沁みるほど冷たい。湯気の立つマフィンの皿が目の前に現れる。黄金色の表面に、ふっくらとしたブルーベリーが点在している。美味しそうに見えた。
味は、段ボールのようだった。
「コーヒーとオレンジジュース、どっちがいい?」彼の声には、慎重な希望がにじんでいた。
「どっちでもいいわ」私はもう一口、無表情にマフィンをかじった。「どうせ私にもう、選択肢なんて残ってないんでしょう?」
コーヒーメーカーに置かれた彼の手が止まり、強く握りしめられたせいで指の関節が白くなる。いい気味だ。あなたも少しは痛みを味わえばいい。
「愛美……」彼は振り返って私を見た。そのブラウンの瞳は苦悩に満ちている。「君が僕を憎んでいるのはわかっている。だが――」
「だが、何?」私は鼻で笑った。「私の為だって? 全部、愛ゆえの行動だって?」
「そうだ」彼の答えはあまりに単純で、私は衝撃を受けた。「愛している、愛美。大学で初めて君を見た時から、ずっと愛している」
「愛?」私はマフィンを喉に詰まらせそうになった。「じゃあ、愛っていうのは、まず私をレイプして、それから無理やり結婚させることなの? 大輝、あなたの恋愛観って本当に独特よね。傍観者として見てる分には面白いと思えるけど、実際に体験する立場になると全然面白くないのよ」
彼の顔が瞬時に死人のように青ざめた。「僕は……」
「あなたは何? 否定したいの?」私は立ち上がり、カウンターに手をついて彼を見下ろした。「三年前、大学で、あの忌々しい夜――覚えてる? それとも、レイプなんて日常茶飯事すぎて、いちいち覚えてられないのかしら?」
「愛美、頼む……」彼の声は砕け散っていた。「もし過去に戻れるのなら……」
「でも戻れないでしょう!」私は叫んだ。すべての怒りと痛みが爆発する。「あなたは過去に戻れない。私が、あの夜を忘れられないのと同じように!」
静寂の中、コーヒーメーカーの蒸気がシューッと大きな音を立てた。彼はうなだれ、肩がかすかに震えている。大理石のカウンターに、涙が一滴落ちた。
信じられない、彼が泣いている。このレイプ犯が、私の人生を破壊したこの悪魔が、私の目の前で泣いている。
「泣いて何になるの?」私の声は氷のように冷たかった。「あなたの涙で、何かが変わるっていうの?」
彼は顔を上げ、痛みに満ちた瞳で私を見た。「何も変えられないとわかっている。だが愛美、誓うよ。残りの人生をかけて償うと……」
「償う?」私は鋭く笑った。「どうやって償うつもり? この豪華な牢獄に私を閉じ込めておき続けること? 完璧な夫を演じ続けること?」
彼は黙り込み、ただ私を見つめていた。その表情は、三年前のある瞬間を思い出させた――すべてが壊される前、彼も私にあんな眼差しを向けていたことがあった。
私は頭を振り、その考えを追い払った。あの大輝は死んだのだ。もし、本当に存在していたとしても。
「少し外の空気を吸ってくる」私はドアに向かって振り返った。
「愛美、待ってくれ」彼は私を呼び止めた。「今日は外が寒いから、ジャケットを……」
「あなたの心配なんて要らないわ!」私は振り返りもせずに叫んだ。
だが、足音は追いかけてこなかった。彼は少なくとも表面上は、いつ手を引くべきかを学んでいた。
私はバルコニーへ歩き、重いガラスのドアを押し開けた。冷たい風が顔に吹き付けたが、ドアは閉めなかった。この骨の髄まで凍みるような寒さで、意識をはっきりさせておく必要があった。
ちょうどその時、彼の電話が鳴るのが聞こえた。
「ああ、わかっている……会議を午後二時に変更してくれ……わかった、すぐに行く」
私は息を殺した。彼が出かける?
足音が寝室へ向かい、クローゼットの開け閉めする音が聞こえる。彼は出かけるために着替えている。
数分後、彼はバルコニーのドアのところに現れた。「愛美、会社で処理しないといけないことがある。二時間ほどで戻る」
私は振り向かなかった。「ご自由に」
「何かあったら電話してくれ。それと……」彼は言葉を切った。「馬鹿なことはするなよ」
馬鹿なこと? どういう意味だ?
足音が遠ざかり、やがてエレベーターのドアの音がした。エレベーターが下りていき、すべてが静まり返るまで、私は耳を澄ませて待った。
彼はいなくなった。
私は急いで室内に戻った。心臓が激しく鼓動している。これが唯一のチャンスだ――彼がいない間に、証拠を探す。この結婚が詐欺の上に成り立っているという証拠を見つけられれば、この悪夢から逃げ出せるかもしれない。
私は彼の書斎へと忍び足で向かった。ドアに鍵はかかっていなかった。大輝はどのドアにも鍵をかけない。まるで私への信頼を証明するかのように。なんて皮肉だろう。
部屋に飛び込み、あの巨大なマホガニーのデスクに直行した。引き出し、ファイルキャビネット、金庫……どこかに手がかりがあるはずだ。
最初の引き出しには、ありふれたビジネス書類が入っていた。二番目の引き出し……心臓が跳ね上がった。そこには「桜井愛美」とラベルの貼られたファイルがあった。
私は震える手でそれを開いた。








