第3章

愛美の視点

五十階でエレベーターのドアが開いた瞬間、いつもと違う匂いがした。薔薇?それに、キャンドルの香り……?

私は眉をひそめ、マンションのドアを押し開ける。目の前に広がる光景に、私はその場に凍り付いた。

リビングのダイニングテーブルには真っ白なシルクのクロスがかけられ、優雅な銀の燭台で二本の背の高いキャンドルが静かに揺らめいている。オレンジ色の炎が、暖かい光の輪を投げかけていた。まるで、どこかのくだらない恋愛映画から抜け出してきたような光景だった。

大輝はダイニングテーブルのそばに立っていた。仕立ての良い黒のスーツに、ぱりっとした白いシャツ、そして深青色のシルクのネクタイを締めている。

息をのむほどハンサムだったが、私の胃は瞬時にひっくり返り、吐き気さえ催した。

「おかえり」彼は穏やかな笑みを浮かべて振り向いた。「ちゃんとしたディナーデートをすべきだと思ってね。今夜は二人きりだ」

私はドアハンドルを握りしめたまま、玄関に立ち尽くした。「それはどういうつもり?何をする気?」

「ゲームなんかじゃないよ、愛美」彼はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。「妻と一緒に食事をしたいんだ。ちゃんと話がしたい。今朝の会話は、愉快なものじゃなかったから。僕は……やり直したいんだ」

やり直すって?ふざけないで!

「まだ、お腹は空いてないわ」私は背を向けて立ち去ろうとした。「それに、私たちに話すことなんて何もない」

「愛美、頼むから、チャンスをくれないか」彼は懇願するように言った。「一度の食事だけでいい。落ち着いて話そう、いいだろう?」

私は立ち止まり、ゆっくりと彼を振り返った。キャンドルの光が彼の端正な顔に魅力的な影を落とし、その顔立ちをさらに完璧に見せている。三年前なら、こんな光景に胸を高鳴らせ、自分は世界で一番幸せな女だと思ったことだろう。でも今は、恐怖と嫌悪感で満たされるだけだった。

「何を話すって言うの?」私は嘲るように言った。「あなたがどうやってこれを一歩一歩画策したかって話?それとも、いつまで私を監禁しておくつもりかって話かしら?」

彼の表情が複雑に歪み、その瞳に一瞬、痛みの色がよぎった。「愛美、君を監禁したいだなんて思ったことは一度もない。ただ君を守りたい、安全でいてほしいだけなんだ……」

「守る?」私は思わず声を上げて笑ってしまった。「これがあなたの言う愛なら、世界中の人に憎まれた方がまだマシよ!」

私はダイニングテーブルに向かって大股で歩いた――食事をしたいからじゃない。彼と向き合い、こんな偽りのロマンスには騙されないと分からせる必要があったからだ。

テーブルには、極上のフランス料理が並べられていた――フォアグラ、黒トリュフ、そして名前も知らないような高価な食材の数々。

「このフランス産のフォアグラは、今朝パリから空輸されたものなんだ」大輝は私の向かいに腰を下ろし、会話を始めようとした。「君は昔、フランス料理が好きだっただろう」

私はそのフォアグラの一切れを睨みつけた。キャンドルの下では、それが血まみれの死肉の塊のように見えた。「お腹は空いてないって言ったでしょ。それに、私たちが話し合うべきなのは、こんなくだらない料理のことじゃないわ」

「じゃあ、何を話したいんだい、愛美?」彼の声は柔らかかったが、その中に潜む緊張が聞き取れた。

私は顔を上げ、彼の瞳をまっすぐに見つめた。「離婚よ。離婚したいの、大輝。このふざけた茶番を終わらせたいの」

彼のナイフとフォークが宙で止まった。「愛美、それが不可能だってことは、君も分かっているはずだ……」

「どうして不可能なの?」私は立ち上がった。椅子が床を擦って甲高い音を立てた。「あなたのあのくだらない契約書のせい?あなたのお金のせい?それとも、手に入れたトロフィーを手放したくないから?」

「そんな言い方はやめてくれ!」彼も立ち上がり、私を慰めようと手を伸ばした。「君はトロフィーじゃない。僕の妻で、僕が愛している人だ……」

「妻?愛?」私は狂ったように笑った。「ふざけないで!愛はこんなものじゃない!愛は強制したり、騙したり、人を籠に閉じ込めたりするものじゃないのよ!」

「愛美、落ち着いて、説明させてくれ……」彼は一歩前に出て、距離を詰めようとする。

「触らないで!」私は後ずさり、声がヒステリックになる。「離婚したいの!聞こえてる!?離婚よ!もうあなたみたいな人とは一秒だっていたくないの!」

「君を行かせるわけにはいかないと言っただろう!」彼の声が、突然厳しくなった。「外の世界は危険すぎる。ここにいればこそ、君は安全なんだ!」

「危険?」私は叫んだ。「あなたが一番危険な存在よ!あなたが私の人生をめちゃくちゃにしたのよ!」

「君は分かっていない!」彼は一歩前に出て、私の腕を掴もうとした。「愛美、外には君を傷つけようとする奴らがいるんだ。僕を信じてくれ……」

「離して!」私は必死でもがいたが、彼の力はあまりに強かった。もみ合ううちに、私はバランスを崩し、体が後ろに傾いだ。

大輝は私を捕まえようとしたが、動きが急すぎたせいで彼もバランスを失い、ダイニングテーブルに背中から激突した。彼の肘がテーブルを強打し、テーブル全体が激しく揺れる。

背の高い燭台が、ぐらりと傾き始めた。

時間が凍り付いたように、それがゆっくりと私の方へ倒れてくるのを、私は見ていた。キャンドルが落ち、熱い蝋がそこら中に飛び散り、その一滴が私のむき出しの腕に正確に落ちた。

「きゃぁっ――!」焼け付くような痛みが、すべての神経を貫いた。

だが、それは単なる肉体的な痛みではなかった。この、焼けるような特定の感覚は、何かを解き放つ鍵のようだった。私の記憶の奥深くに埋められた、その恐怖を。

突然、私はこの豪華なダイニングルームからいなくなっていた。

壊れた街灯がぼんやりとした光を投げかけ、地面に不安定な影を落としている。空気は雨上がりの湿った土の匂いと……そして、私自身の恐怖の汗の匂いで満ちていた。

「やめて……お願いだから……」私の声は、必死の懇願に震えていた。

痛み。キャンドルの蝋なんかじゃない、もっと残忍な何か。ざらざらしたコンクリートが肌を擦り、鋭い砂利が手のひらと膝に食い込む。ドレスは引き裂かれ、布が裂ける音は暗い夜の中ではっきりと聞こえた。

「お願い……やめて……こんなの嫌……」私は嗚咽し、涙で視界がぼやけていく。

顔が私を見下ろしていた。ぼんやりと揺れる光の中で、はっきり見えたり、ぼやけたりする。でも、私はその顔を知っていた――あの茶色い瞳。それは大輝の顔だった。冷たく、残酷な。

「誰も君を助けには来ないよ、愛美」彼は冷たく言った。「誰も君の悲鳴を聞きやしない」

痛みは激しくなる。引き裂かれるような苦痛が、体のあらゆる部分からやってくる。抵抗したかった、逃げたかった、でも彼はあまりにも強すぎた。私の拳は、彼の胸を弱々しく叩くだけだった。

「どうして……どうしてこんなことをするの……」私は絶望的に囁いた。

だが彼は答えず、ただ残虐な暴行を続けた。私の世界は、終わりのない痛みと絶望だけになった……

「愛美!愛美!」大輝の声が、私を現実に引き戻した。彼は私のそばにしゃがみこみ、必死に叫んでいる。「なんてことだ、どうしたんだ?何か言ってくれ!」

気がつくと、私は冷たい床の上で膝を抱えてうずくまり、激しく震えていた。腕の蝋は固まり、赤い痕を残していたが、焼けるような感覚は強く残り、あの記憶の恐怖を思い出させていた。

「勝手に触らないで!」私はヒステリックに叫んだ。「触らないで!あっちへ行って!」

「愛美、怪我をしているんだ、手伝わせてくれ……」彼は私に触れようと手を伸ばしたが、私は狂ったように身を引いた。

「あっちへ行って!」私はよろめきながら立ち上がり、寝室へと向かった。「あっちへ行って!向こうへ!どこか行って!」

寝室に駆け込み、ドアをバタンと閉める。ドアに背中を預け、ゆっくりと床に滑り落ち、膝を抱えて震えを止めようとした。

ドアの外から大輝の声が聞こえる。「愛美、ドアを開けてくれ。頼む、話が必要だ」

「あっちへ行って!」私は叫んだ。「あっちへ!あなたの顔なんて見たくない!」

「愛美、頼むから……君は怪我をしている。せめて傷の手当てだけでもさせてくれ。そのやけどはすぐに手当てしないと……」

私は耳を塞ぎ、彼の偽りの気遣いなど聞きたくなかった。

数分後、外は静かになった。彼はいなくなったのだ。

私は安堵のため息をつくと、途方もない疲労感に襲われた。重い足を引きずってバスルームへ向かい、薬箱から睡眠薬を取り出す。手がひどく震えて、ボトルを落としそうになった。

二錠。いや、三錠。夢を見ない夜が欲しかった。

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