第3章

新井紬視点

私は冷たい床にうつ伏せに倒れていた。息を吸うたび、肺をナイフでかき回されるような痛みが走る。

薄暗い廊下に響くのは、私の苦しげな喘ぎ声だけ。ドアの隙間から、監視室に座る木村航平の姿が見えた。彼の手には何かが握られている。

懐中時計。銀色で、スクリーンの光を浴びて鈍く輝いていた。

彼の表情……こんなのは私の知っている冷酷な木村航平じゃない。その目には、今まで見たことのない何かが宿っていた――痛み?それとも、渇望?

これは好機かもしれない。あの氷山の弱点を見つけ出す。

私は肋骨の激痛に耐え、必死にドアまで這っていった。

「木村航平?」

私の声はかすれていた。

「何を、見てるの?」

彼は即座にパチンと時計を閉じ、ドアの方を向いた。いつもの冷たい仮面が、瞬時にその顔に戻る。

「休んでいろ」

私は歯を食いしばり、何でもないような声色を装った。

「眠れないの。死ぬほど痛くて」

一拍置いて、続ける。

「その時計……特別そうね。家族からの?」

木村航平の肩がこわばった。彼が指でテーブルを二度タップするのを見る。彼が動揺の兆候を見せたのは、これが初めてだった。

「関係ない」

「私、祖母の指輪を持ってる」

私はさらに探りを入れる。

「たった一つの……家族の形見。時々それを見ると、一人じゃないって思えるの。あなたの家族は……」

彼の目が、瞬時に危険な色を帯びた。

しまった!

「自分のことに集中しろと言ったはずだ」

彼は椅子が床を擦る耳障りな音を立てて立ち上がった。

「戻って横になれ。二度言わせるな」

くそっ。家族の話で歩み寄ろうとしたのが、とんでもない地雷だったとは。木村航平は無表情のままドアに向かって歩いてくる。

私は急いで後ずさりして寝たふりをしたが、見てしまった。ほんの一瞬、彼の瞳に浮かんだ痛みは本物だった。

この冷血な機械にも心臓はある。問題は、それをどう利用するかだ。

翌朝、私は警備員に引きずられて女子寮に戻された。

「親分がお前の帰還を許可した」

男は私をベッドに乱暴に放り投げる。

「だが、次しくじったら……どうなるか分かってるだろうな」

言われなくても分かっている。ここの人たちは、いつも暴力で念を押すのが好きだからだ。

ドアがバタンと閉まり、私は十数人の少女たちと共に残された。ここはまるで牢獄だ――鉄格子の窓、施錠されたドア、そして悪魔の目のように私たちを監視する無数のカメラ。

「新井紬! よかった、生きてた!」

赤毛の子が駆け寄ってきて、心配そうに私の傷を確かめる。

松本明音、T市出身の二十歳。

「トラックにでも轢かれたみたいな顔してるわ」

大塚由梨という別の子が言った。

「抗生物質が必要よ」

私は力なく首を振った。

「平気よ」

平気なわけがない。背中は焼けつくように痛み、肋骨にはひびが入っているだろう。でも、私は生きている。この地獄では、生きていること自体が勝利なのだ。

それからの数日間、私はこの忌まわしい場所を真剣に観察した。たとえ一筋の希望でも、ここから抜け出す道を見つけなければならない。

警備員は六時間交代。木村航平が夜勤を担当し、他の四人が交代で勤務している。カメラは主要な通路をすべてカバーしているが、倉庫には死角がある。出口は三つ、すべてに電子ロックがかかっていた。

脱出しなければ。ここで死を待つなんてごめんだ。

最初の試みは換気ダクト。

ちくしょう、自分の体のサイズを見誤っていた。入ってすぐに身動きが取れなくなる。金属製のダクトが胸を圧迫し、窒息しかけた。幸い、大塚由梨が間に合うように私を引っ張り出してくれたが、でなければ私は換気ダクトで死んだ最初のマヌケになっていただろう。

二度目の試みは洗濯物収納ワゴン。

汚れたシーツの下に隠れ、汗やその他吐き気を催すような臭いに耐えた。ゲートで中を検められ、警備員が突き入れた棒が、もう少しで私の目に突き刺さるところだった。私は息を殺して死んだふりを続け、本当に死にかけた。

失敗するたびに、私は絶望を募らせていく。ここは鉄壁の牢獄で、私たちは決して逃れられない囚人なのだ。

小林颯と出会うまでは。

今度は四度目の脱出計画。私は昼休みの間に倉庫へ忍び込み、脱出経路になりそうな場所を探していた。そこはカメラの死角であると同時に、最も危険な場所でもあった。

突然、足音が聞こえた。心臓が止まりそうになる。ちくしょう、見つかった。

「誰かいるのは分かってるんだ」

小林颯の声がした。あの吐き気を催すような興奮を帯びている。

「出てこいよ。探させるな」

くそっ。小林颯に見つかることは、死を意味する。この変態は、私をいたぶる機会を決して逃さない。

私は深呼吸し、髪を整え、シャツの一番上と二番目のボタンを外し、胸の谷間をのぞかせた。

反吐が出るほど嫌だったが、これが私の唯一の武器だった。

「小林颯?」

私はできる限り色っぽい声で呼びかけ、棚の陰からゆっくりと姿を現した。わざと胸を突き出すようにして。

彼の視線はすぐに私の胸に釘付けになり、舌が唇をなめ回した。

「てめえ、ここで何してやがる?」

「眠れなくて」

私はゆっくりと彼に近づき、シャツを肩から滑り落として、さらに肌を露出させた。

「ちょっと……刺激が欲しくなって」

小林颯の呼吸が荒くなる。

「親分のルールを知ってるだろ……」

「親分はここにいないわ」

私はささやきながら彼に歩み寄り、吐き気をこらえながら、指で彼の胸をなぞった。

「それに……私、本当に誰かに……慰めてほしいの」

彼の無骨な手が私の腰に伸びてきた。私は身を引かないよう必死にこらえる。汚れた手が胸に触れたときには、吐きそうになったが、それでも楽しんでいるふりをした。

気持ち悪い、気持ち悪い!でも、演じ続けなければ。

「このクソアマが……」

小林颯は喘ぎ、ベルトを外し始めた。その目は倒錯した光でぎらついている。

やばい、事態が制御不能になりつつある。早く逃げないと。

「待って」

私は一歩下がり、怯えたような目をした。

「私……生理中なの。量が多くて。数日待ってくれない?それとも……口でしてほしい?」

自分が憎かった。生きるためなら、どんな汚いことでもする。

小林颯の顔は、一瞬で欲望から怒りへと変わった。

「嘘つきやがって!」

バチン!

彼は私の顔を思い切り平手打ちし、私は倒れそうになった。頬はすぐに腫れ上がり、耳鳴りがする。

「俺が馬鹿だと思うか?」

小林颯は私の髪をつかみ、壁際まで引きずっていった。

「そんなに刺激が欲しいなら、本物の刺激をくれてやるよ!」

彼は私の服を引き裂き始めた。必死にもがく私から、ボタンが飛び散る。

「やめて!お願い!」

彼の手に胸を乱暴につかまれ、爪が肌に食い込む。私は痛みで悲鳴を上げた。彼がさらに事を進めようとしたその時、外から突然、木村航平の声が聞こえた。

「小林颯、緊急の任務だ。親分がお呼びだ」

小林颯は動きを止め、不満そうな顔をした。

「くそったれ!」

彼は服を整え、去り際に脅し文句を吐いた。

「次は邪魔は入らねえからな。必ずだ」

ドアがバタンと閉まる。私は壁にもたれかかり、全身を震わせながら、激しく息をついた。

一週間後、私は新しい任務を与えられた。

目標はブルーホテルのプレジデンシャルスイートに滞在する不動産王。私の仕事は、彼に三百万の投資で損をさせることだった。

「いいか」

出発前に伊藤翔が警告した。

「今度はもう失敗するな」

私は頷いたが、心の中では別のことを企んでいた。

ホテル。従業員、客、普通の人間がいる場所。これはチャンスだ、おそらく唯一のチャンス。

任務は順調に進んだ。不動産王は典型的な中年男だった――孤独で、若い女性の気を引きたがっている。私は彼の太ももを何度もさすり、彼が完全に理性を失うまで二時間もかからずに契約書にサインさせた。

彼がトイレに行っている間に、私はこっそりとメモをフロントデスクに渡した。

『助けてください。人身売買組織に支配されています。警察を呼んでください。1205号室』

ついに逃げ道を見つけたと、私は思った。誰かが私を救ってくれると。

だが、私は間違っていた。

二時間後、寮に戻ると、伊藤翔の電話が鳴った。

私はドアの隙間から彼が電話に出るのを見ていたが、彼の表情はどんどん険しくなっていく。

「何?助けを呼ぼうとした奴がいるだと?」

彼は冷たく笑った。

「裏切り者を見つけ出せ。俺たちを裏切ろうとする奴には、見せしめが必要だ」

私の血は、一瞬で氷になった。

くそっ!バレた!

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