第2章
前世の、あの不気味にじわじわと這い上がってくる感覚が、背骨に沿ってぞくりと走った。
突き刺さるような寒気のする考えが、唐突に脳裏を貫く。――視線、だったの?
目は、精神海への入り口。
理奈は、私の視線を捉えるだけで精神海を乗っ取り、脳から直接、ルーン行列の構造を掘り出せてしまうのか?
もし、交差した視線そのものが彼女の「盗み」の導管だというのなら――私が徹底して彼女を見ず、その見えない導火線を断ち切りさえすれば、前世の行き止まりを書き換えられる?
私は頭を横へ勢いよく振った。ほどけた髪が重いカーテンのように落ち、瞬時に私たちの視線を遮断する。
「映美……どうして、そんなふうにするの?」
ほんの一瞬で、理奈の声は裏返り、震えるすすり泣きが濃く絡みつく。
「わ、私は……試合の前に、応援したかっただけなのに。まだ、私に怒ってるの……?」
理奈は、目を赤く潤ませたまま立ち尽くしていた。
私は、黙ったままだった。
前世で魔力が暴走したあの幻の痛みがぶり返し、指先から心臓まで焼けるように駆け上がる。
頬の内側を強く噛みしめ、錆びた血の味が口の中に広がるまで耐えた。息が詰まるような死の恐怖を、無理やり飲み込むために。
同じ場所で二度は死なない。今度こそ、何があっても、理奈に二度と好きにさせない!
「競技者はメインステージへ。啓示の魔晶球に触れて、投影順を確認してください」
スタッフの指示が、イヤピース越しにノイズ混じりで響いた。
私は深く息を吸った。一歩踏み出そうとした、その瞬間――視線が偶然胸元をかすめる。ピンマイクの小さなインジケーターが、赤く点灯していた。
マイクが生きている。
理奈の作りものの震える被害者芝居と、私の氷のような沈黙が、今まさにスピーカーから会場中へ流れてしまっていたのだ。
世論に磔にされ尽くした記憶が、突如として脳裏へ叩きつけられる。
容赦ない嘲笑、悪意の罵倒、嫉妬に狂ったヒステリックな女という烙印――かつて私を支えてくれた一般生の生徒たちでさえ掌を返し、失望しきった目で私を見つめていた。
私は拳を固く握りしめ、爪が掌に食い込むほど力を込める。骨の奥に震えを埋め込むように押し殺し、足を上げてステージへ出た。
姿を現した途端、轟いていた歓声が目に見えて薄まった。
代わりに、観客席をざわめきの波が走る。
「え、今、理奈を袖で避けたよね? あれ、普通に失礼すぎない?」
「理奈っていつも優しくて穏やかなのに、あの態度を公衆の前で? 天才なら何しても許されると思ってるの?」
「正直、魔法が強いとかどうでもよくない? ああいう人と一緒にいるとマジで空気悪くなるよね。裏でなんか根に持ってそう」
理奈はすでにステージ上にいた。大財閥の令嬢らしい、非の打ちどころのない優雅で寛容な微笑みを観客に向け、完璧に役を演じている。
だが、彼女が私へ顔を向けた瞬間――「逃げられないでしょ」という一瞬の光が、その目に滲んだ。
偽善の仮面を見つめながら、私はようやく盤面の全てを理解した。
オープンマイクで、丹念に組み上げた被害者物語を演じてみせる……理奈は、私のルーン行列を盗むだけではない。群衆という駒を使い、私を「負け惜しみで頭がおかしい女」に仕立て上げ、追い詰めようとしている。
「さあ次は、桜ノ宮学園が誇る、百年の聖遺物――啓示の魔晶球の登場です!」
司会者の朗々とした声が、思考を断ち切った。
彼はステージ中央で淡く輝く水晶を指し示す。「本日はこれが、投影順と審査順を決定します!」
その一瞬の隙を利用して、理奈が手を上げた。乱れた髪を耳にかける仕草に見せながら、角度で自分のピンマイクを巧妙に塞ぐ。
そして私の耳元へ寄り、囁く。
「ねえ映美。みんながあなたを見る目、わかる? 反抗すればするほど、あなたはただの狂人に見えるのよ」
心臓が肋骨を叩きつけるように暴れ出す。肩が、勝手に震える。
私は彼女を見ないようにした! 視線も断ち切った!
それなのに、どうして理奈はまだ、あんなに勝ち誇っている?
廊下での、あの一瞬の目線だけで――もう盗みは終わったということ?
「それでは、葉山さんから順番の確認です!」司会者が微笑み、脇へ退いた。
理奈が前へ出て、水晶球にそっと掌を当てる。
次の瞬間、水晶の核から目が眩むほど鮮烈な金光が噴き上がった。
「一番目は葉山さん!」司会者が叫ぶ。
前世の絶望が、現実に重なってのしかかる。理奈が最初に投影機へ踏み込み、私の血と汗と涙を世間に晒し――そして振り返って、私をまっすぐ奈落へ突き落とす。
絶対に、彼女を先に投影機へ上がらせてはならない。
少し横に立った理奈が、見下ろすように、そして驚くほど哀れむような目で私を観察していた。
余裕ぶった口元の笑み――私がもう逃げ場などないと確信している、その表情を見た瞬間、頭の中の張り詰めた糸がぷつりと切れた。
「待って!」
司会者が凍りつき、マイクを宙で止める。「あ、浅田さん? な、何か問題でも……?」
私は光る水晶球を乱暴に指さし、無謀なくらい断固とした声を会場に響かせた。
「その魔晶球の検査を要求します!」
会場が爆発したように沸き立つ。前列の貴族生徒たちが席から飛び上がり、怒号を浴びせた。
「正気か!? あの聖遺物が何百年も間違えたことなんてない! お前、自分を何様だと思ってる!」
「負け惜しみの負け犬なら負け犬って認めろ! 一位になれなかったからって水晶球のせいにするとか、みっともなさすぎる!」
