第1章
#衝撃!ビジュアル最強・星野結花、授賞式でまさかのつわり疑惑!?#
#デビュー以来ノースキャンダル、星野結花が妊娠を認めた!#
#父親は今泉圭介疑惑!#
#今泉圭介「俺の子じゃない」声明?#
話題はますます大きくなっていく……。
———
S市、夕暮れ。
フラッシュが華やかな授賞式のステージを白く染める。司会者は手元のカードに目を落とし、嬉しそうに笑った。
「星海劇団・第25回、最優秀助演女優賞は――『今日を待ちながら』、星野結花!」
朗々と響く声。カメラが切り替わり、客席2列目に座る女が映し出される。星野結花は、驚いた顔で壇上を見つめた。
――私、星野結花が?
顔だけでなんとか生き残ってきた、演技力はお察しの女優。マネージャーにただの付き添いとして連れてこられただけのはずなのに、まさかの受賞?
カメラは彼女の誰もが目を奪われる美貌を容赦なくアップにする。きらめく瞳に喜びが映り、口元には淡い笑み。ふたつのえくぼが可憐で、白い歯が紅い唇を引き立て、桜のように艶やかだった。
ロフト席。男はその名を聞いた瞬間、指を止めた。グラスを置き、茶色の瞳を細めて、視線を星野結花へ落とす。
星野結花は大きな拍手の中で立ち上がり、軽く一礼。隣の共演者と抱擁を交わすと、赤いベルベットのドレスの裾を持ち上げ、優雅な足取りで壇上へ向かった。背は高く、曲線は柔らかい。ドレスに合わせたヒールが、ステージライトを受けて艶めく。
「おめでとう、星野さん!」司会者がマイクを渡す。「今日の星野さん、本当にきれいね。3年連続で『女優界のビジュアル最強』って言われるのも納得だわ」
「ありがとうございます」
星野結花はくすりと笑い、軽く頭を下げた。胃の奥のむかつきをこらえ、深呼吸して唇をつり上げる。
「司会のお姉さんも……すごく綺麗です」
司会者は礼儀正しく微笑んだ。褒めたくて褒めているわけじゃない。星野結花は――美貌以外、褒めるところがないのだ。
この授賞式は世界同時生中継。画面のコメントは、すでに次々と流れ始めていた。
【魚1匹:顔は文句なし、演技の下手さも文句なし!】
【魚スープ:そう!『今日を待ちながら』の犬のほうがまだ演技してた】
【一般人160:顔が良くなきゃ死体役でも使われないでしょ】
【命乞い犬頭:死体役www上の人天才】
……
「星野さんは名前の通り、スポットライトが当たると星のように輝く。まさにこの美貌、眩しいほどですね!」
司会者はカードを見ながらさらに持ち上げる。
星野結花はトロフィーを抱え、礼儀として褒め返した。
「司会のお姉さんは、肌も透き通るようにきれいで、誰もが見とれるほど美しくて……おえ……」
口元を押さえ、顔を横に向けてカメラから逃げる。
【星野結花専門アンチ:なに?自分でも寒くて吐きそう?】
【キーボード神:www司会者がブサすぎて吐いた説】
【ぶりっ子潰す:あざといだけの女がまた演技?】
「星野さん、大丈夫?」
司会者が一瞬固まり、すぐに心配そうに声をかけた。
「平気です……」
星野結花は笑って答えたが、胃の中の嵐はもう止まらない。
「おえっ……うっ……」
抑えきれない空えずきが続く。
司会者――いや、気まずい。
同時に、コメント欄は完全に爆発した。
【果粒:うわ、芝居が多すぎw】
【結花だけ推す:司会者気まずっ!結花がブサ吐きした?】
【知性と共存:信者落ち着け。司会者に失礼すぎる】
【驚:そう!何様?顔がいいからって侮辱?】
【上の階に住む:待って、わざとじゃない気がする】
【子持ち:これ演技じゃない。経験者的につわりっぽい】
【ゴシップ好きギャル:先月も吐いてるの撮られてたよね?妊娠ガチ?】
ロフト席の男はその光景を見て、深い瞳を細めた。骨ばった指をグラスに添え、口角がわずかに上がる。
「星野さんは、あまりの感動で……!」
司会者が慌てて取り繕う。
「そ、そうです」
星野結花は息を整えた。
「星海劇団に評価していただけて光栄です。この賞をいただけて、本当に嬉しいです!」
だが、胃の波は限界だった。星野結花は早足で壇上を降りる。
男の視線は女の背を追い、背後の秘書に目をやった。
「連れてこい」
「はい、新山社長」
……
控室。マネージャーの桜井美優が駆け寄ってきた。
「最近どうしたの? なんでそんなに吐くのよ」
「大丈夫大丈夫」
星野結花は深呼吸し、水を一口飲む。
「うちのお嬢様、またトレンドよ」
桜井美優がスマホを差し出す。
【宮城さん:注目集めの炎上商法でしょ。気持ち悪い】
DMがひゅっと飛び出してきた。
「炎上商法なのはお前だろ!」
星野結花は息を詰まらせ、悪態をつきながらスマホを乱打する。
「はいはい、片づけて帰るよ!」
桜井美優がスマホを取り上げた。
星野結花は鏡に映る、少し青白い自分の顔を見つめ、櫛を手に取って髪を整えようとする。
「星野結花!」
隣の桜井美優が突然叫んだ。
「あんた、何やったの!?」
「えっ?」
星野結花はびくっとする。
トレンド1位――星野結花、つわりを認める!
開いて、星野結花は固まった。
#美貌で話題の女優・星野結花、壇上で嘔吐→降壇後、SNSにいいねで“つわり”認めた!#
話題度1500万。堂々の1位。
――終わった。手が滑った。
つわり疑惑の投稿に、いいね押してる……!
星野結花の手から水のコップが「ガン!」と床に落ちた。
「終わった終わった、私終わった!」
「この階に星野結花がいるぞ!」
外で記者の叫び声。続いて、どたどたと乱れた足音。
「何ぼーっとしてんの!逃げるよ!」
桜井美優が歯ぎしりしながら前に出て、彼女を促す。
星野結花は慌てて立ち上がり、裏口から飛び出した。だが外は記者だらけ。群がられた桜井美優は押しのけられ、記者たちは星野結花を追って走り出す。
「速報!女優・星野結花が妊娠!今すぐ記事回せ!」
「急げ急げ!一番乗りだ!」
耳元で興奮した声が飛び交う。
星野結花は階段で下へ。だが1階に着くと、エレベーターからも記者がなだれ出てきた。
「うそ、早すぎ!」
星野結花はヒールを蹴り飛ばし、裸足で1階を駆け抜け、曲がった先で地下1階の駐車場へ滑り込む。
必死すぎて気づかなかった。フロアの端から黒いスーツの男たちが走ってくることに。
地下1階。星野結花は目を見開いた。
十数人のスーツ姿のボディーガードが横一列。中央には黒いトレンチコートの男が背を向けて立っている。
「ここまで追い詰める? 駐車場まで来るとか、鬼かよ……」
星野結花は指をこすり合わせた。外も記者の海。目の前の男は、どう見ても“頭”っぽい。なら――交渉?
「ねえ、新聞社にいくらもらってるの? 倍払う」
鈴のような声を聞き、新山晃は振り返った。深い瞳に感情はない。
女は逃げ回ったせいで髪は乱れ、赤いドレスの裾には水跳ねの跡。白い肌は光を弾き、裸足には埃がついている。
――この憎たらしい女。
二か月前、俺を“解毒剤”扱いして逃げた。仕事で身動きが取れず、ようやく時間ができたから今夜会いに来たというのに。
それだけじゃない。
この女、俺の子まで隠してやがった。授賞式でつわり、しかも自分で「つわり疑惑」の投稿にいいね。
「三倍!三倍でどう? 今日のことは見なかったことにして」
星野結花がさらに探る。
新山晃は冷たい視線を返すだけ。
「黙ってるってことは同意ね!」
星野結花は唇を上げ、バッグから名刺を取り出して男のコートのポケットにねじ込んだ。
「これ名刺。明日、取りに来て。お金渡すから!」
そう言って立ち去ろうとした瞬間。
「星野さんはいくら払うつもりだ」
低く、磁力のある声が背中に刺さる。
「三倍だよ!」
星野結花は振り返る。
「5000円の三倍か」
新山晃は眉を上げた。
「5000って数字出すな!」
星野結花は細い腕をぱっと上げる。
「それと、この名刺は二か月前に渡すべきだったな」
男は骨ばった指先で、ピンクの名刺を挟む。声には怒りが混じっていた。
星野結花の瞳が大きく揺れる。
二、二か月前……?
――まさか。あの男!?
二か月前の夜。妹に嵌められ、間違って男の部屋に入り、一晩めちゃくちゃにされた。相手は乱暴で、顔も見なかった。出ていくとき、適当に5000円置いてきた――。
思い出した瞬間、星野結花は反射で逃げようとする。
ボディーガードが前に立ちはだかった。
新山晃は、怯えたウサギみたいな女を見て、口角をわずかに上げる。
「まだ逃げる気か?」
「ち、ちょっと足がだるくて動いただけ!」
星野結花は唇をもごもごさせ、へらっと笑う。
「ねえ、5000が少なかった? ……足す?」
新山晃の眉間がぴくりと跳ねた。
普通なら、こんな口をきいた時点で終わりだ。だが彼はなぜか、星野結花の整った顔を見つめたまま問い返す。
「星野さんはいくら出せる」
星野結花は腕を組み、男をじろじろ観察した。
背は高く、最新モデルのトレンチ。中のシャツはブランドが分からないが、ネクタイは秋の限定品。スラックスも靴も上質で、明らかに仕立て。
陰のある深い目がこちらを射抜き、揺れる眼差しの奥に、わずかな疑念が走る。高い鼻、薄い唇。
「顔は確かにいい」
星野結花は顎を上げた。
「でも1万円が限界。あんた、テクが下手だったし」
