第4章

 閉まりかけたエレベーターのドアの隙間から、一本の腕が差し込まれた。

 ドアの外には蓮が立っていて、複雑な眼差しで私を見ていた。「雨だ。送ってあげる」

 ホールのエントランスの方を見ると、確かに外は雨が降り出していた。

 東京の雨はいつも突然で、ただでさえ薄暗かった空をさらに陰鬱な色に染め上げていく。

「タクシーを呼びましたから」

 私は冷たく言った。

 蓮は手を離さない。

「俺が送る」

「結構です」

「もう車を取りに行かせた」

 真央は傍らで何が何だか分からないといった顔をしていたが、ただならぬ雰囲気を察して、賢明にも黙り込んでいた。

 数分後、一台の黒いレクサスがホールの前に停まった。

 私はその車を呆然と見つめ、それからオーダーメイドのスーツに身を包んだ蓮に視線を移した。

 彼はもうすっかり別人になってしまっていた。私が決して手の届かない、そんな存在に。

 私たちを隔てるのは、天と地ほどの差だ。

 蓮は紳士的に私のために車のドアを開け、辛抱強く待っている。

 雨足はますます強まり、私の靴とスカートの裾はすでに濡れてしまっていた。

 それでも私はその場に立ち尽くしたまま、動かなかった。

「俺たち、正式に別れてないよな」蓮が不意に言った。

 私は彼を見上げた。

「なら、今ここでそうしましょうか?」

 その時、季穂がハイヒールを鳴らして駆け寄ってきて、わざとらしく蓮の腕に絡みついた。

「蓮君! どうして出てきちゃったの? 中でまだお客様が待ってるのに!」

 彼女は蓮の身体に親密に寄り添い、私に自身の『所有権』を見せつける。

「そうだ、桜井さん。知らないかもしれないけど、私と蓮君の家、もう縁談の話が進んでるの。まだ正式決定じゃないけど、双方の両親はすごく乗り気なのよ」

 季穂の言葉はまるで鋭い刃のように、正確に私の心臓を突き刺した。

「おめでとうございます」

 私はこわばった笑みを浮かべた。

 ちょうどその時、私が呼んだタクシーがようやく到着した。

 私は大赦を得たかのように車に乗り込み、住所を告げた。

「瞳、さっきの男の人、誰? なんだか訳ありな感じだったけど」

 真央が興味津々に尋ねてきた。

「高校の同級生」

 私は簡潔に答えた。

「それだけ?」

 真央は信じていない。

「普通の同級生を見る目じゃなかったよ。それにあの女の人、ブレスレットを盗んだとか言ってたけど、どういうこと?」

 私はため息をついた。

「話せば長くなるの。今夜は付き合わせてごめんね。今度お寿司ご馳走するから」

「やった! 一番高いの食べる!」

 真央はすぐにそちらに気を取られた。

 タクシーは、私が住む古びたアパートが立ち並ぶエリアで停まった。

 薄暗い街灯、染みのついた壁、狭い路地。先ほどのパーティー会場とは何もかもが正反対だ。

 だけど、私ももうあの頃とは違う。ちゃんとした仕事があって、自分と父さんを養える。誰にも頼る必要はない。裕福ではないけれど、十分に安定している。

 それで十分だ。

 階段を上がろうとしたその時、一台の黒いレクサスが突如として団地の入口に現れた。そのエンジン音は夜の闇にことさらクリアに響き渡り、場違いな何かの存在を告げているかのようだった。

 私は足を止め、心臓がわけもなく速まるのを感じた。

 蓮が車から降りてきた。その手には一本の傘が握られていた。

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