第2章
診断から五日後、朝の九時。桜丘総合病院の化学療法室は、鼻をつく消毒液の匂いに満ちていた。
一週間以内に治療を始める必要があると、誠には言われていた。それを五日目まで引き延ばし、ようやく勇気を振り絞ってこの扉をくぐったのだ。この数日間、拓海に頻繁な外出を説明するため、「友達にコーヒーに誘われた」「会社の健康診断」「図書館に本を読みに」……と、必死で言い訳を考え出していた。
冷たくて硬い化学療法の椅子に座り、誠が慎重に点滴のラインを調整するのを見つめた。まばらな患者のせいで、部屋は不気味なほどがらんとしていて、どんな些細な音も無限に増幅されるように感じられた。
「本当に家族には話さないのか?」誠の声は、ほとんど囁き声だった。「化学療法の副作用は――吐き気、嘔吐、脱毛……すぐに目に見えてくる。隠し通すのは難しいぞ」
椅子の肘掛けを、指の関節が白くなるほど強く握りしめた。「あの人は、子供の頃から私が同情を引くために仮病を使うって言い続けてる。それを証明したくないの」針が血管を貫いた瞬間、思わず息を呑んだ。氷のように冷たい薬剤が血流に乗り、無数の蟻が骨の髄を蝕んでいくような感覚が全身に広がっていく。
「日葵、君は仮病なんかじゃない」誠の瞳が痛みに満ちていた。「自分の命を救おうとしているんだ」
私は苦笑しながら首を横に振った。「あの人にとっては、同じことなのよ」
薬の効果が顕著になってきた。胃のむかつきがこみ上げてきて、もう少しで自制心を失いそうになる。私は唇を固く噛みしめ、決して声をもらさないように耐えた。
誰にも知られてはいけない。特に、拓海には。
数時間後、薬剤は私の体内でその役目を果たしていた。私は無理やり体を起こして病院を出たが、一歩一歩が足元がふらついて、まっすぐ歩けなかった。誠は家まで送ると言ってくれたけれど、断った。医者と親しくしているところを誰にも見られるわけにはいかない。
午後六時、ようやく白石家の豪奢なキッチンに戻った。胃のむかつきで立っているのもやっとだったが、夕食の準備をしなければならない。それが、この家における私の唯一の価値なのだから。
体に鞭打って野菜を切り始めたが、手は意思に反して震える。衰えていく視界のせいで、鋭い刃がぼやけて見えた。
ガシャーン!
スープの鍋が床に激しく叩きつけられ、熱い汁が飛び散り、キッチンは一瞬にして混沌と化した。
慌てて片付けようとしたが、めまいがして、まともに立つことさえできなかった。
「今度は何だ?」
キッチンへの入り口から聞こえてきた拓海の声は、身震いするほど冷たかった。振り返ると、非の打ち所のないスーツを着た彼が、恐ろしいほど険しい表情で立っていた。
「最近、不注意が過ぎるぞ」彼は眉をひそめ、苛立ちを隠そうともしない声で言った。「これ以上、俺に迷惑をかけるつもりか?」
私はカウンターに手をついて、かろうじて体を支えた。「風邪、ひいたみたいで……少し、めまいがして」
言い終わるか終わらないかのうちに、再び胃がせり上がってきた。私は奥歯を噛みしめ、弱った素振りを一切見せないように耐えた。
「うつすなよ。明日は大事な取引先との会議があるんだ」拓海は嫌悪感を露わにして一歩後ずさった。「そんなことは家政婦に任せておけ。無理するな」
「自分で、やりたいから……」私の声は、蚊の鳴くようだった。
「もういい、邪魔だ」彼は面倒くさそうに手を振ると、背を向けて去っていった。
去っていくその後ろ姿に、胸がちくりと痛んだ。彼の目には、私が料理をすることさえ不要なことだったのだ。
私は黙々とキッチンの惨状を片付けた。これ以上面倒を起こすのが怖くて、一つ一つの動きが慎重になる。すべてが元通りになった頃には、もう八時を回っていた。
リビングのソファに体を丸め、コーヒーテーブルに書類を広げて仕事をする拓海を遠くから見つめた。化学療法の副作用で体は完全に力を失っていたが、そんな素振りは見せられない。ただ静かに彼を見つめながら、すでに霞んでしまった昔の温かい時間を思い出していた。
あれは十六歳の雨の夜、お母さんが亡くなった日。
私は心の底から泣きじゃくり、ほとんど崩れ落ちそうになっていた。拓海は長年私に冷たかったが、子供の頃のような意地悪さはなかった。
母の死に直面した私に、十八歳の拓海が初めて歩み寄ってきたのだ。もしかしたらその瞬間、彼も十歳で実の母を失った痛みを思い出し、ようやくその胸が張り裂けるような苦しみを理解したのかもしれない。
「お前にはまだ家族がいる。俺たちがいるじゃないか」彼は震える私を、どこかぎこちなく抱きしめた。「俺が、お前を守る」
その瞬間、私は彼が私を愛し始めてくれたのだと思った。ようやく本当の家族ができたのだと。だが今思えば、あれは同じように母親を失った人間が、最も近しい親族を失った者に対して抱く、ただの本能的な同情だったのかもしれない。
そして今、その同情心さえも消え失せてしまった。
「ひどい顔だな。また病欠の電話でもするつもりか?」拓海は顔も上げずに言った。「最近、会社は本当に忙しいんだ。しょっちゅう問題を起こすのはやめてくれ」
彼は私に一瞥さえくれなかった。それは彼にとって時間の無駄だと感じられるようだった。十七年間、私は決して訪れることのない抱擁を待ち続けていた。
ドアベルが私の思考を中断させた。美咲が優雅な黒いドレスをまとい、シャンパンと美しいギフトボックスを手に玄関に現れた。
「プロジェクトの成功、おめでとう!」彼女は輝くような笑顔で拓海に歩み寄り、その頬に軽くキスをした。「渡辺グループとの契約、ついにサインできたのね!」
その光景に、心臓を誰かに強く握りつぶされているような気がした。彼らはあまりにも完璧にお似合いで、あまりにも自然で、一方の私はこの絵の中の不要な背景に過ぎなかった。
「日葵さん、お疲れのようね」美咲が突然私に振り向き、その瞳に一瞬の気遣いがよぎった。「働きすぎじゃない?」
彼女の気遣いは不意打ちだった。私が「ライバル」と見なしているこの女性が、拓海よりも私の状態を気にかけてくれている。
「ちょっと風邪をひいただけです」私は無理に笑顔を作った。
「いいお医者様を紹介しましょうか?専門医をたくさん知っているのよ」美咲は真剣に提案してくれた。
拓海は面倒くさそうに手を振った。「こいつは昔から体が弱いんだ。慣れてるんだよ。大げさにするな」
慣れている。
その言葉が、鋭いナイフのように私の心臓にまっすぐ突き刺さった。
美咲は困惑した表情で、拓海と私の間を交互に見つめ、何か言いたそうにしながらも、結局は沈黙を選んだ。
彼女の気遣いは私に複雑な感情を残した。見ず知らずの他人でさえ私の異変に気づくのに、彼はそれを見ようともしない。
夜の十一時、私は一人で部屋に座り、パソコンの画面に表示された検索結果と向き合っていた。
「膵臓がん末期:6ヶ月生存率10%未満」
この冷たい統計は、まるで私の運命を宣告のようだった。
母もこうして死んだのだ……。最後の数ヶ月、彼女は骨と皮ばかりになり、話す力さえ残っていなかった。そして私も、あんなふうになるのだろう。
階下から拓海と美咲の笑い声が聞こえてきて、私は震える手で閲覧履歴を削除した。彼らは仕事について、未来について、私が決してその一部になることのできない人生について語り合っていた。
少なくとも、彼は幸せなのだ。
私は苦笑しながらパソコンを閉じた。心の中で、ある決意が固まっていた。この幸せを壊すわけにはいかない。
六ヶ月、あるいはもっと短いかもしれない。この残された時間を使って、私は彼の世界から静かに姿を消そう。何の重荷も、罪悪感も残さずに。
私が死んだ後、彼に偽りの罪悪感を感じてほしくない。私を哀れんでほしくない。それが、誰にとっても一番いいことだ。
この愛を胸に、私一人で、静かに去らせてほしい。
外の月明かりは水のように冷たく、私の青ざめた顔を照らしていた。明日は二回目の化学療法だ。もっと強くならなければ。もっと上手に、演じなければ。
結局のところ、この秘密は私の心の中で朽ち果てるしかないのだから。
