第3章
翌日の夜、私は病院での三度目の抗がん剤治療を終えて帰宅したばかりで、体を支えるのもやっとなくらい衰弱していた。
昨夜の美咲の突然の訪問は、まったくの不意打ちだった。彼女の気遣いが、私の罪悪感をさらに深めるだけだった。階下から聞こえてくる彼らの笑い声を聞きながら、私は部屋に閉じこもっていた。真夜中を過ぎるまで、水を飲みに行く勇気さえ出なかった。
今、私はリビングのソファに体を丸め、拓海が鏡の前でオーダーメイドのスーツとネクタイを整えているのを眺めていた。鏡に映る彼は、精気に満ち溢れたハンサムで自信家な男だった。
「今夜の会食には必ず出席しろ」彼は振り返りもせず、反論を許さない口調で言った。「渡辺のプロジェクトの成功は会社にとって極めて重要だ。大事な取引先やパートナーが全員顔を揃えるんだ」
私はなんとか顔を上げた。抗がん剤の副作用が私からあらゆる気力を奪い去り、顔は紙のように青白い。病院では誠さんから、副作用が酷くなっているからもっと休むようにと忠告されたばかりだった。「最近、体調が優れなくて、できれば……」
「またそれか」拓海は苛立ちを隠せない目で、鋭く振り返った。「肝心な時にいつも言い訳ばかりだな。いいか、俺に恥をかかせるなよ」
彼の冷たい視線を受け、胸に鋭い痛みが走った。もしあなたが、私が抗がん剤治療を受けていると知っていたら……。もしあなたが、私に残された時間が数ヶ月しかないと知っていたら……。
「わかったわ」私は歯を食いしばって立ち上がった。足が弱っていて、倒れそうになるのを必死でこらえる。「準備してくる」
拓海は満足げに頷くと、まるで従業員に指示を出しただけのように、カフスボタンを直し続けた。
私はゆっくりと二階の寝室へ向かった。一歩一歩が刃の上を歩いているようだ。鏡に映るのは幽霊のように青ざめた顔――どんなにファンデーションを重ねても、目の下の隈や死人のような唇の色は隠しきれない。
でも、行かなければならない。彼の目には、私はもう十分すぎるお荷物なのだ。これ以上、彼を苛立たせる理由を作るわけにはいかなかった。
ベラ・ヴィスタ。桜丘市で最も高級なビジネス向けの会食レストラン。クリスタルのシャンデリアが、ワイングラスとエリートビジネスマンで埋め尽くされた室内に温かい光を落としている。
私は拓海の隣で体を硬くし、彼の同僚たちの前で無理に笑顔を貼り付けていた。抗がん剤治療のせいで胃は絶えず痙攣している――一口食べるごとに胃が痛んだ。
「おめでとうございます、拓海さん! 副社長とは、前途洋々ですね!」
「こちらが噂の彼女さんですか! お似合いのカップルですね!」
すべての賛辞が、胸に痛みが走った。自分がどれほど酷い見た目をしているか、こんな優しい言葉に値しないことくらい、自分が一番よくわかっていた。
突然、今までにない激しい痙攣が胃を襲った。胃の奥で激しい痛みが走った。顔は死人のように青ざめ、肌にはじっとりと冷や汗が噴き出した。
だめ、ここでだけは……。
「すみません、少しお手洗いに」私はテーブルから逃げるように席を立った。
化粧室で、私は洗面台に身をかがめた。耐え難い胃の痛みに体が折れ曲がる。必死にこらえようとしたが、次の瞬間、口から血が溢れ出し、白い大理石のシンクを真っ赤に染めた。
鉄錆の匂いが空気に満ち、鮮やかな赤色が目に焼き付く。こんなに大量の血を吐いたのは初めてだった。恐怖が瞬時に私を飲み込んだ。
これは抗がん剤の副作用? それとも、私の病状が悪化しているの?
「なんてこと、日葵!」
美咲の驚愕の叫び声が化粧室に響いた。彼女はちょうどドアを押し開け、この恐ろしい光景を目撃してしまったのだ。
「どうしたの? 救急車を呼ぶわ!」美咲は震える指で携帯電話を取り出した。
「やめて!」私は弱々しく懇願するような声で、必死に彼女の手を掴んだ。「お願い、何も言わないで。ただの胃潰瘍が悪化しただけだから」
「これが胃潰瘍なわけないじゃない!」美咲はシンクに溜まった衝撃的な量の血を見つめた。「すぐに手当てが必要よ! これはただごとじゃないわ!」
彼女の呆然とした表情を見て、私の心は絶望で満たされた。一番知られたくなかった秘密が、美咲に知られてしまった。
「お願い、誰にも言わないで」私の目には涙が溢れた。「私……みんなに迷惑をかけたくないの、特にこんな大事な日に……」
美咲は困惑したように私を見た。「でも日葵、あなたの体は……」
「病院には行くわ、でも今じゃない」私は必死で声を落ち着かせた。「お願い、何もなかったことにして。今夜のお祝いを台無しにしたくないの」
美咲はショックを受けたように私を見つめていた。その瞬間、彼女の瞳に憐れみと戸惑いが浮かんでいるのが見えた。
彼女はきっと、私のことをおかしいと思っているだろう。血を吐いたのに、まだお祝いに影響することを心配して、何もなかったふりをしようとしているのだから。
私はペーパータオルで口元とシンクの血を拭い、なんとか普段通りの自分を取り繕おうとした。
「戻りましょう」私は美咲に言った。「誰にも心配させないで」
テーブルに戻ると、私は表情を必死でコントロールしようとしたが、美咲のいつもと違う様子が拓海の注意を引いた。
「美咲、どうしてそんなひどい顔をしてるんだ?」拓海は眉をひそめた。
美咲は私と拓海の間で視線を揺らし、ためらった。「拓海さん、日葵は本当に大丈夫じゃないの。あなたは……」
「こいつはいつもこうだ」拓海は私に視線も向けず、うんざりしたように手を振った。「子供の頃から悲劇のヒロイン気取りなんだよ。もう慣れた」
慣れた。
またその三文字。
突然、五年前の記憶が脳裏をよぎった――私たち全員の運命を変えた、あの雨の夜。
その頃、私はまだ二十歳そこそこで、愛に飢えていた。拓海が他の女の子と付き合うのを見るたび、嫉妬と絶望で胸が張り裂けそうだった。
「拓海、私……私、死んじゃうかもしれない」私は電話口で泣きじゃくった。「お医者さんが、何か病気かもしれないって。すごく怖いの……」
「なんだって? どこにいるんだ?」拓海の声は途端に不安なものに変わった。
「学校の近くの公園にいるの。家に帰るのが怖くて……拓海、私、死んじゃうのかな?」
「怖がるな、今すぐ行く! そこで待ってろ!」
事故はあまりに突然だった。拓海は私に会おうと急ぐあまり、雨の中を猛スピードで車を走らせた。巨大な衝撃、ガラスの砕ける音。救急車で病院に運ばれる時、血の海の中に横たわり、右足を鉄の棒に貫かれた拓海の姿が見えた。
「拓海! 全部私のせいだわ!」私はヒステリックに泣き叫んだ。
「大丈夫だ……お前が無事ならそれでいい」彼は痛みに耐えながら、心配そうな目で言った。「検査結果はどうだった? 医者はなんて?」
その時、私は真実を話しそうになった。だが、彼の苦しむ姿を見て、言葉が喉の奥に消えた。私はさらに大きな嘘をついた。「お医者さんは……ただの見間違いだったって」
その事故のせいで、拓海のサッカー選手になるという夢は永久に絶たれた。彼が回復する間、私は罪悪感に苛まれながら、毎日彼のそばに付き添った。
ある日、彼が偶然、私とルームメイトの電話を耳にしてしまうまでは。あの夜、私が病気だったわけではなく、ただ彼の気を引きたかっただけなのだと知ってしまったのだ……。
「やっぱり、仮病だったのか」彼の眼差しは、優しさから失望へと変わった。「俺の足も、俺の夢も――お前のたった一つの嘘のために」
それから全てが変わってしまった。
「こいつはいつもこうだ。もう慣れた」今の拓海の声は、骨の髄まで凍るように冷たかった。
そのあまりの対比が、胸が締め付けられた。そして今、本当に死にかけているというのに、私は彼に真実を告げることなどできなくなっていた。
彼の信頼を、私はもう使い果たしてしまったのだから。
ちょうどその時、レストランの入り口に不安げな人影が現れた。
「日葵!」誠さんが私たちのテーブルに向かって足早にやってきた。「すぐに病院に行かないと」
私の心臓が止まった。化粧室で大量の血を見てパニックに陥った私は、誠さんにメッセージを送ってしまったことを思い出したのだ。「吐血した、ベラ・ヴィスタにいる、すごく怖い」。送った直後に後悔して取り消したかったが、もう遅かった。
拓海は冷たい目で誠さんを見つめ、その顔には猜疑心と怒りがよぎった。「ずいぶん親密な仲のようだな」
誠さんは拓海の皮肉を無視し、その注意は完全に私に向けられていた。私の紙のように白い顔色と、まだ口の端に残る血の痕を見て、彼の表情は極度に険しくなった。
「すぐに行こう」誠さんは有無を言わせない口調で言った。
「待て」拓海は立ち上がり、誠さんと私の間を視線が行き来した。「お前たちの関係は一体何なんだ? なんでこいつが、お前の体調のことをそんなに詳しく知ってる?」
