第2章
宮本利は二時間の休みを取って、わざわざ私に会いに来てくれた。
「はい、これ」
彼はそう言って、三万円が入った封筒を私に差し出した。
封筒を受け取ると、胸の奥がキュッと締め付けられる。三万円は彼にとって決して小さな額ではない。金融サービス会社で派遣社員として働き、終業後にはコンビニでアルバイト、週末はデリバリーの配達までしているのだ。このお金は、彼の何日分かのバイト代に相当するのかもしれない。
「ありがとう」
私は小声で呟き、お金をバッグにしまった。
宮本利は私の様子がおかしいことに気づいたのか、優しく微笑みながら言った。
「どうしたの?」
私は彼の服の袖を掴んだ。
「せっかくお休み取ったんだし、渋谷にでも付き合ってくれない?」
彼は一瞬きょとんとしたが、すぐに頷いた。
「うん、いいよ」
その途端、システムの声が脳内に響いた。
『任務提示:渋谷にて大学の同級生とその彼氏である御曹司に遭遇します。その後、あなたは不公平感に苛まれ、宮本利と喧嘩をしてください』
は???
私の感情は、そんな簡単に揺れ動いたりはしない。
私たちが渋谷のスクランブル交差点に差し掛かったちょうどその時、一台の黒い高級車が目の前に停まった。
車の窓が下ろされ、見慣れた女性の顔が覗く——大学の同級生だった。
「あら、田中さんと宮本さんじゃない?」
彼女はわざとらしく驚いたふりをし、宮本利の着ている安物の服に視線を走らせると、口の端を微かに吊り上げた。
「久しぶり」
宮本利は礼儀正しく頭を下げる。
「まだ付き合ってたんだ?」
同級生は車内の連れの男の方を向き
「前に話した貧乏な男の子よ。彼女を養うこともできなくて、逆に貢がせてるの」
宮本利の体が微かに強張るのを感じた。
システムが提示する。
『嫉妬心を見せ、宮本利に当たり散らしてください』
私は深く息を吸い、冷ややかに言い放った。
「あなたに関係ないでしょ。自分の心配でもしてなさいよ」
同級生の顔色がサッと変わる。
「せっかく私の彼氏の友達を紹介してあげようと思ったのに。あなたはその程度の生活がお似合いってことね」
そう言い捨てると、彼女は窓を閉めさせ、走り去っていった。
システムが即座に警告を発する。
『直ちに任務を遂行してください!宮本利に当たり散らし、高級車を持っていないことを詰り、冷戦状態に入ってください』
私は引き締まった宮本利の横顔を見つめ、システムの指示には従わなかった。
「お腹空かない?」
私は話題を変えた。
「ご飯、奢ってよ」
宮本利は私の感情を確かめるように、数秒間じっと見つめてきた。
それから彼は、疲れているけれど温かい笑顔を見せた。
「うん、今日は美味しいもの、ご馳走するよ」
彼が私を連れてきたのは、新宿にある高級レストランの入り口だった。
入口のメニューを見て、私は内心ぎょっとした——一番安いコースでも三万円からとなっている。
「ラーメン食べに行こ」
私は少し離れたラーメン屋を指差した。
「ちゃんとした仕事が見つかったら、またここに来ようよ」
宮本利は虚を突かれたように目を見開き、その瞳に一瞬、自責の念がよぎった。そして突然、私を抱きしめた。
「ごめん、僕、頑張るから。絶対に、君を幸せにするから」
私はそっと彼の背中に腕を回した。
「一緒に頑張ろうよ。諦めないで」
その時、システムの冷たい声が響いた。
『警告!シナリオ指示への三度にわたる違反を確認。三秒後より、電撃罰を開始します。三、二、一——』
強烈な電流が瞬く間に全身を貫き、私は思わず悲鳴を上げた。体は制御を失い、がくがくと震え出す。
「言!どうしたんだ!」
宮本利は狼狽えながら私を支え、その目はみるみるうちに赤く充血していく。
「病院に行こう、今すぐ病院に!」
病院に行く必要なんてない、これはただのシステムの罰則なのだと伝えたかったが、あまりの激痛に声を出す力さえ残っていなかった。
この馬鹿げたシステム!
本気でやりやがった!
ただの脅かしだと思ってたのに!
