第3章
罰はすぐに終わった。
宮本利は私を抱きかかえ、人通りの多い街を駆け抜けていく。額にかかった前髪は汗で濡れそぼり、疲労の色は濃いものの、その足取りは驚くほどにしっかりとしていた。
彼はタクシーを探してきょろきょろとあたりを見回しながらも、私が先ほどのような恐ろしい状態に再び陥らないよう、細心の注意を払って庇ってくれる。
私は袖でそっと彼の額の汗を拭うと、腕の筋肉が強張っているのを感じた。
その緊張感が、彼の体から私の体へと伝わってくる。
「利、もう大丈夫だから、降ろしてくれていいよ」
私は自分の声が穏やかに聞こえるよう努めながら、そっと声をかけた。
「だめだ。病院へ行って、詳しい検査をしないと」宮本利は譲らなかった。その口調には、拒否を許さないほどの心配が滲んでいる。
「さっきの状態は危険すぎる。神経系の問題かもしれない」
彼はようやく一台のタクシーを捕まえ、慎重に私を座席に下ろした。私が確かに自力で動けることを確認すると、彼はほっと息をついた。
「本当に驚いた」
私の心は焦りでいっぱいだった。病院で検査など受ければ、また私がシナリオから逸脱しているとシステムに判断され、新たな罰が下されるかもしれない。
一刻も早く家に帰らなければ。
「本当に病院はいいから」
私は彼の手を握った。
「たぶん、疲れすぎただけ。家に帰って少し休めば大丈夫」
タクシーが走り出すと、私は疲労を口実に宮本利との会話を避けるため、目を閉じた。
その時、システムの音声が脳内に響いた。
『大丈夫ですか?』
その見え透いた気遣いに心の中で悪態をつくが、システムは言葉を続けた。
『原作のシナリオ通りなら、三ヶ月後にはあなたたちは別れます。その時、あなたは五億円を手にして東京を離れ、まったく新しい生活を始めることができる。そして宮本利はこの辛い関係から解放され、成功したネット起業家になるのです』
システムは言う。
『あなたが宮本利にこれ以上固執しなければ、彼はいずれ佐藤溪と出会い、幸福を手に入れる。それこそが、彼の本当の運命なのです』
東京の小さなアパートに帰り着くと、私はシステムの指示に従い、今日の「任務」を開始した。
「この給湯器、どうなってるの?」
私はバスルームの入り口に立ち、眉をひそめて不満を漏らした。
「お湯がどんどんぬるくなるじゃない。これじゃ気持ちよく洗えないわ」
宮本利は狭い廊下に立ち、疲れた顔に一瞬、申し訳なさそうな表情がよぎった。
「あなたをこんなに長く待ったのに、私たちはまだこんな狭いアパートに住んでる」
私はそう言い続けながら、心の中では自分の発する一言一句を憎んでいた。
「藤原先輩のお店は新宿の一等地にあるし、あんなに高い車にも乗ってる。それに比べて私たちは?」
私はため息をつき、宮本利の疲れた顔を見つめた。
「私、本当に疲れちゃった。東京で生きていくのは、あまりにも大変すぎる」
宮本利は狭いバスルームの入り口で身じろぎもせず、ただ低く一言だけ呟いた。
「ごめん」
彼の疲れた顔と光を失った瞳を見ていると、私は思わず言葉を付け加えていた。
「でも、たとえこうでも、私はあなたと一緒にいたい。後悔なんて絶対にしてないから」
宮本利の瞳に、再び希望の光が灯った。彼は私を強く抱きしめる。
彼の目尻が微かに光っていた。
「頑張るよ。君のその気持ちに、絶対に応えてみせる」
『警告!』
システムが即座に注意を促した。
『あなたの補足した言葉は、原作小説にはありません』
「シナリオ通りには進めたわ」
私は心の中で応じる。
「少し慰めの言葉を付け加えてはいけないなんて決まりはないでしょう?」
システムは『……』と沈黙した。
「安心して。この後の半月に及ぶ冷戦も、ちゃんと実行するから」
私は黙って宮本利の目尻の涙を拭い、彼の体の温もりを感じた。この心優しい男性は、原作では最終的にプレッシャーに耐えきれず、東京湾に身を投げて命を絶ってしまう。
あの結末だけは、絶対に起こさせてはならない。
宮本利は私の額にキスをすると、自転車の鍵を手にした。
「コンビニのバイト、行ってくる」
『気をつけて』
私は少し考えてから、やはりLINEでメッセージを送った。
彼の去っていく後ろ姿を見ながら、私たちの境遇を思う。二人とも地方出身の大学卒業生で、この残酷な都市、東京で一旗揚げようと足掻いている。
階級が固定化されたこの社会で、宮本利はこれから三年間、非正規雇用から起業を成功させるまでの、想像を絶する困難な道のりを経験することになる。
彼が一体、どれほどの苦労を味わったのか、私には想像することさえ難しかった。
