第89章 情に抗えず

鳴海絃星は八幡誠言のあとを追って、彼の部屋――階上のマンションへ上がった。ところが当の本人は驚くほど悠然としていて、「五千人の生活が肩にのしかかっている」ような切迫感はどこにもない。

「急いで。私、これからご飯なんだから」

そう言いながら彼女はパソコンを開き、株式譲渡に関する契約書データを表示する。名義欄を目にした瞬間、胸の奥がかすかに震えた。

――これ、小金山じゃない。

千峰毅宏がさっき話題に出していた、あの案件。

まさか、本当に八幡グループが押さえたのか。

それも、こんな重要書類を、平然と自分に見せるなんて。

信頼しているのか。それとも、無知だと高を括っているのか。どうせ売...

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