第7章 チェックは不要
小林淮人が大方信じ込んだのを見て、桜井昭子はほっと息をついた。すると彼の口調ががらりと変わり、眼差しも鋭くなるのが聞こえた。「いや、待てよ。もしお前が篠崎司を脅せるなら、今まで放っておくはずがないだろう?」
桜井昭子はとっくに対策を練っていた。彼女は身につけたドレスを整え、「もちろん脅したわ。でもその時は白川のお嬢様がいなかったから、彼はまったく気にしなかった。でも今は違う。彼が同意しないなら、直接白川のお嬢様に送るだけよ」
彼女があまりにも堂々としているので、小林淮人は少々驚かされた。以前、桜井昭子に手を出さないと約束したのは、ただ時間をかけてじっくり弄びたかったからだ。今となっては、この女は自分が想像していたよりもずっと面白い。
どうりで桜井昭子が以前、自分に対してずっと冷淡だったわけだ。もっと高い目標があったとは。
「ベイビー、この件、本当に俺のためにやってくれるのか?」小林淮人は手を伸ばし、桜井昭子の顎を掴んで、無理やり自分と目を合わせさせた。
「もちろん」桜井昭子は歯を食いしばって承諾した。
できるかどうかより、今はひとまず小林淮人を落ち着かせることが唯一の目的だった。
「いいだろう。忘れるなよ、お前の親友、江口美月のことだ。彼女に何かあってほしくなければ、大人しく俺の言うことを聞くんだな」
女よりも、小林家の跡継ぎの座の方が小林淮人にとっては魅力的だった。
彼は焦らない。どうせ江口美月という弱みがあるのだから、桜井昭子が手に入らない心配はない。莫大な利益をもたらせるのなら、少し時間をかけるくらいどうということはない。
「ご心配なく」
小林淮人はようやく名残惜しそうに去っていき、個室には桜井昭子が一人残された。束の間の覚醒の後、強い酒の酔いが再びこみ上げ、胸が焼けるように熱く、心臓が激しく鼓動する。
彼女はバッグから錠剤を取り出し、数粒飲み込むと、ようやく症状が少し和らいだ。
携帯が数回ブーンと鳴った。江口美月からの電話だった。
「昭子、ごめん、こっちでちょっと手間取っちゃって。すぐ行くから」
「わかった」
彼女はふらつく体を無理に支えて個室を出た。骨身に染みる寒風が服の中に潜り込み、肌が凍えるように赤くなる。幸い、あの焼けるような感覚はもう消えていた。
一台の黒いマイバッハが、ゆっくりと桜井昭子の前に停まった。窓が下ろされ、男の漆黒の冷たい瞳が現れる。
「乗れ」その口調は、拒否を許さない命令だった。
桜井昭子はそれを完全に無視し、車を避けて前へと歩き出した。
「もう一度言う。乗れ」
須田樹也が非常に困った様子で同調する。「桜井さん、どうかまずはお乗りください」
五年も付き合ってきたのだから、桜井昭子は彼の性格をすっかり把握していた。彼を不機嫌にさせれば、きっとありとあらゆる手で報復してくるだろう。怒った篠崎司は、小林淮人よりずっと厄介だ。
彼女は結局、抵抗を諦めて車に乗り込んだ。
車内は暖房が強く効いていて、彼女の体温は一時的に回復した。後部座席の男は足を組み、皺一つない仕立ての良いスーツを纏っている。その高貴で冷たい佇まいは、人を寄せ付けない。
それに比べて、自分の顔の化粧は半分以上崩れ、みすぼらしい物乞いのようだ。
桜井昭子は再び身分の違いを痛感し、強い不安感から一刻も早く逃げ出したくなった。
「篠崎社長、何かご用件でしたら、はっきりおっしゃってください。時間の無駄ですから」
彼女はこれまで一度も篠崎司に逆らったことはなかった。今日のような冷たい口調は初めてだった。
篠崎司は手を伸ばし、直接彼女をぐいと引き寄せた。突然の行動に、桜井昭子は彼の脚に制御不能にぶつかってしまう。奇妙な体勢にひどく居心地の悪さを感じ、すぐさま身を捩って逃れ、後ずさった。
しかし車内は狭く、背中はドアにぴったりとくっついているのに、それでも大して距離は稼げなかった。
「なんだ? そんなに急いで新しいパトロン様のところへ行きたいのか?」篠崎司は冷笑し、その目元には嘲りが浮かんでいた。
篠崎司が誤解していることはわかっていた。だが、少し前の彼の態度を思うと、たとえ弁解したところで何になるだろう?
篠崎司は信じるはずがない。今日、小林淮人が彼女を連れて現れた時点で、篠崎司の中ではもう彼女に死刑宣告が下されているのだ。
彼女の沈黙は、かえって車内の雰囲気をさらに重苦しくした。
篠崎司の目じりが赤く染まり、彼は手を伸ばして彼女の華奢な首を掴んだ。「言え。小林淮人と何回寝た?」
桜井昭子は理解できなかった。先に自分を捨てたのは彼なのに、今になってこの質問を問い詰めることに、何の意味があるというのだろうか?
彼女が答えないのを見て、篠崎司の手は一寸ずつ力を込めていく。桜井昭子は呼吸が苦しくなり、慌てて彼の指をこじ開けようと叫んだ。「離して! 手を放して!」
「言え、あいつと寝たのかどうか!」
「ないわ! これで満足?」
その言葉が終わると同時に、篠崎司の手もすっと緩んだ。桜井昭子は慌てて大きく息を吸い込む。今の篠崎司は本気で力を込めていた。
その時、篠崎司は偶然にも桜井昭子の首筋にあるキスマークを目にしてしまった。額に青筋がじわじわと浮かび上がり、桜井昭子がもがくのも構わず、強引に彼女の頭を掴んで、車内のバックミラーに向けさせた。
「寝ていない? ならその首にあるのはなんだ?」
篠崎司に触れられた場所が、まるで電流が走ったかのように痺れ、以前共に過ごした日々を思い出させた。
彼女は歯を食いしばる。自分は本当に意気地がない、と。
「言ったでしょ、彼とは寝てないって。信じるも信じないもあなたの勝手よ」桜井昭子はもがいて逃れようとした。早く行かないと、後で美月ちゃんが自分を見つけられなくなってしまう。
だが篠崎司は彼女の言葉が聞こえないかのように、桜井昭子のドレスを乱暴に引き裂いた。その表情は険しく、冷たい声で言う。「寝ていないと言うなら、それが本当か嘘か、俺が確かめてやる」
そう言いながら、桜井昭子の驚きの声の中、彼の手は彼女の体を探り、何かを確かめようとしていた。
桜井昭子は羞恥と怒りで耐えられず、必死に篠崎司の腕を掴み、鋭く罵った。「篠崎司! あなた、おかしいんじゃないの! やめて!」
彼女には、今の篠崎司が何をしたいのか理解できなかった。あんなにもきっぱりと自分を捨てたのは、篠崎司の方なのに。
「篠崎司、先に私を捨てたのはあなたよ! 縁を切るなら、綺麗さっぱり切って。私に触らないで!」
その言葉が、篠崎司の最後の理性を呼び覚ましたかのようだった。彼は目を上げ、桜井昭子の瞳をじっと見つめる。その目じりは赤く、瞳の奥では炎が揺らめいていた。
「五年間俺に身を売っておいて、今度は小林淮人について行ったら、俺には触らせない、と?」
その言葉に、桜井昭子は氷の底に突き落とされたようだった。五年前、彼女は無理やり篠崎司に身を売ることになり、だからこそバーでバイトをして金を稼ぎ、篠崎司の彼女に対する印象を変えたいと願ってきた。
まさか五年経っても、たった一言「売る」という言葉だけで、篠崎司の心の中での彼女のイメージが、金のために体を売る女でしかなかったと証明されるとは。
彼女は胸の内に渦巻く苦さをこらえ、自然に微笑んだ。「ええ、その道理は篠崎社長が教えてくださったことではありませんか? 私が小林社長に身を売った以上、篠崎社長に触れさせるわけにはいきません。それが筋というものでしょう?」
篠崎司の顔がみるみるうちに黒くなり、彼女の瞳をきつく見据え、冷たい声で問い詰めた。
「どういう意味だ?」
「もちろん、寝たという意味ですよ。実はもう、私と小林社長は寝ましたから、確かめる必要はありません」
篠崎司の頭の中で、ぷつりと何かの糸が切れた。その陰鬱な眼差しは、人を殺してしまいそうなほどだった。
