第110章

『続きって何よ。まだ、うんって言ってないのに……』

閉まったばかりのドアに向かって、宝生知優は小さくぶつぶつと零した。頬の熱だけが、さっきよりも濃く残っている。

鈴崎潤は廊下を歩きながら、無意識に唇の端を指の腹でなぞった。そこにはまだ、彼女のぬくもりが薄く貼りついている気がした。

鈴崎潤は、自分を欲に溺れる男だとは思っていない。

大人になってからは仕事に追われ、男女のことに心を割く余裕もなかった。むしろ淡白なほうだ、と。

この界隈で、そんな男は珍しい。だから外では、彼の性癖やら好みやら、勝手な憶測まで飛び交った。

けれど――あの夜、宝生知優と初めて踏み込んだ瞬間。

まるで扉が開...

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