第116章

宝生知優は困ったように笑ってスマホをしまい、もうしばらくだけ待った。

それから洗面台へ歩き、蛇口をひねる。

手を洗い終えるとペーパータオルを一枚取り、指先まで丁寧に拭き取った。鏡の中の自分に小さく息を入れて、踵を返す。

トイレを出て廊下に足を踏み入れた瞬間、彼女の歩みが止まった。

視線を上げると、さっきまでスマホ越しに話していた男が、目の前にいた。向かいの壁にもたれ、気だるげに腕を組んでいる。形のいい桃花眼がきゅっと吊り上がり、宝生知優だけを見ていた。

――なるほど。わざわざトイレの前で待ち伏せ、ってわけ。

胸の奥がすっと冷える。宝生知優は見なかったことにして、そのまま脇をすり抜...

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