第87章

彼が、彼女のあとをずっとついてきていた。

宝生知優はまつ毛を伏せ、胸の奥に小さな波紋が幾重にも広がっていくのを感じる。

けれど結局、彼女は何も言わなかった。ただ、かすかに頷いて――芽生えかけた鼓動を、心の底へ押し戻す。

あまりにも静かな反応に、鈴崎潤の瞳がすっと沈む。

……言いたいことは、何もないのか?

鈴崎潤は顔を背け、表情を一気に冷やした。声にまで得体の知れない冷たさが滲む。

「戻れ」

運転手へ淡々と告げる。

宝生知優は窓の外へ流れていく夜景を見つめたまま、心だけがいつまでも落ち着かなかった。

脳裏に焼き付いて離れない。

鈴崎潤が双葉知世とキスをしていた、あの一瞬。

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