第89章

彼女は訝しげに通話ボタンを押した。受話口の向こうから、施設長の切羽詰まった声が飛び込んでくる。

『宝生知優さん、ですか?』

宝生知優の胸が、どすんと沈んだ。嫌な予感が背骨を這い上がる。

『お婆さんが……いなくなりました』

『……え?』

宝生知優はその場に凍りつく。スマホを握りしめた指先が、一瞬で氷みたいに冷たくなった。耳に入った言葉が、信じられない。

『いま職員総出で探してます。そちらでも探してもらえますか』

……

通話を切った瞬間、宝生知優は胸の奥が焼けるように焦れた。熱い鉄板の上に放り出されたみたいに、じっとしていられない。

――落ち着け。

こんなとき、誰が取り乱して...

ログインして続きを読む