第98章

宝生知優は悟られないように、そっと身を引いて彼との距離を少しだけ空けた。

まるで、何も起きなかったかのように。

鈴崎潤が再び目を開けたとき、最初に映ったのは、女が残した背中だった。黒い長髪が耳元に落ち、白磁のようなうなじがかすかに覗く。

あたたかな陽射しが半分だけ見える横顔を撫で、薄い金色の光をまとわせていた。

鈴崎潤は口元をわずかに緩め、抱き寄せようと腕を伸ばす。だが――その瞬間、相手が目を開けた。

『起きた?』

寝起きの掠れを含んだ、気だるい声。それでも視線だけは冴えていて、まっすぐ宝生知優の顔に落ちる。

『少しは楽になった?』

宝生知優は伸びをして、『うん、だいぶ』と短...

ログインして続きを読む