第2章

絵里視点

キッチンのカウンターに鍵を放り投げ、ドアにずるりと背を預けた。壮麗なボールルームの残像がちらつく目には、この小さな賃貸アパートのすべてが息苦しいほど狭く映った。

静寂が、耳をつんざくようだった。

コートのポケットの中で、ピルケースがずしりと重い。それを取り出してコーヒーテーブルの上に置くと、まるで今にも爆発しそうな物でも見るかのように見つめた。

(これを飲んで、前に進むの)心の中で自分に言い聞かせる。(彼が言ったみたいに)

でも、できなかった。まだ。

その代わり、私はふらふらと本棚へと向かっていた。そこには、私たちの思い出がしまってある。古びた茶色い革のフォトアルバムの背表紙を指でなぞり、それを引き抜いた。

最初のページを開くと、胸が締め付けられた。二〇一八年。和也が破産した年だ。

そこには、彼のガレージにいる私たちがいた。一枚の使い古した毛布に二人でくるまり、周りにはビールの空き瓶が散らばっている。彼の腕が私の肩を抱いている。すべてを失ったはずの二人が、世界のすべてを手に入れたかのように笑っていた。

(ああ、なんて若かったんだろう)

あの日の朝のことを思い出す。

差し押さえ通知が届いたのは、その日の朝だった。和也は、私が知る限り初めて泣いた。

「絵里、君の支えはお前だけだ。絵里がいなかったら、こんなの乗り越えられない」

あの夜の彼の声が、記憶の中でこだまする。途切れ途切れで、弱々しくて、でも、本物だった。

ページをめくる。二〇二〇年。私の誕生日。

手書きのカードが膝の上に落ちた。和也の雑な字で、こう書かれていた。「絵里、ワイナリーが安定したら、その手に持ってるケーキフォークを指輪に替えてやるからな」

色褪せたインクを指でなぞった。文字はすでに輪郭が滲み始めていた。

色褪せたインクの滲みを指でなぞる。(文字は、こうして時間をかけて薄れていくのね)私は自嘲するように心で呟いた。(約束も、同じように?)

三ページ目は、見るのがさらに辛かった。二〇二二年、彼のお母さんのお葬式。お通夜で一晩中、虚空を見つめる彼の手を握りしめていた。

「絵里がいてくれて、本当によかった」泣き腫らして掠れた声で彼は言った。「母さんがいつも言ってたんだ。絵里はいい子だって。大切にしろよって」

(大切にしろ、か)私は乾いた笑いを漏らした。(パーティーで中絶薬を渡すのが、その「大切に」ってこと?)

アルバムを閉じ、机の引き出しからマニラフォルダーを取り出した。村上さんを手伝ったときにこっそりコピーしておいた、ワイナリーの二〇二五年度の財務記録だ。

テーブルの上にそれを広げると、手が震えた。

そこに、白黒はっきりと書かれていた。五条和也がワイナリーの株の五十パーセントを、緑川葵に譲渡した、と。

日付を確認する。彼が二人の婚約を発表する、一週間前の日付だった。

電卓を叩く指が震える。無給の残業、業者とのタフな交渉、破産の危機を乗り越えた会計帳簿…。十数年かけて、私がこのワイナリーにもたらした利益は、譲渡された株の評価額の、実に三倍に達していた。無給で残業し、納入業者との契約を交渉し、破産の間も帳簿を管理した。

そのすべてが。無に帰した。

(私が何百万も稼ぐ手伝いをしたのに、あなたは知り合って半年の女に株を渡すんだ)書類をフォルダーに押し込みながら、そう思った。(結局、私の貢献は「私たちの未来」の一部じゃなかったってことね)

そのフォルダーを、棚の一番下にある分厚い会計教科書の下に隠した。

翌日の午後、私は和也に頼まれていた財務報告書を届けるため、再びワイナリーにいた。彼のオフィスをノックする。

「どうぞ」

葵が和也の椅子に座り、子供のようにくるくる回っていた。私が丁寧にいれたお茶が、ヨーロッパ市場の契約書の横でデスクに置かれている。

「あら、絵里じゃない」葵は顔も上げずに言った。

報告書を置く。「ご依頼の四半期要約です」

葵が私のティーカップに手を伸ばし――私の、三年間ずっと使ってきたカップに――「うっかり」倒した。熱いお茶が書類と彼女のデザイナースカートに飛び散った。

「あら、ごめんなさい」彼女はティッシュで大げさにスカートを拭きながら、私を見上げて微笑んだ。「でも絵里さん、これは和也さんの大切なカップでしょう? あなたはあくまで『お手伝い』なのだから、私物と会社の物の区別は、きちんとしなくては。ね?」

濡れた報告書を拾おうと屈んだが、現れた和也が私の前に立ちはだかった。彼は葵のスカートを直すのを手伝っていて、その手は、私には到底買えないような生地を優しく撫でていた。

「葵はこういうことに慣れていないんだ」彼は私を視界にすら入れず、葵のスカートを気遣いながら言った。「報告書はやり直せ。明日までにデスクに置いておけ」

彼は葵を休憩室へと連れて行った。「午後の紅茶でも飲みに行こうか」

床に滴り落ちる、台無しになった書類を私は見つめていた。

「……わかった」誰もいない部屋に向かって、私はそう言った。

その夜、電話が鳴った。母からだった。

「絵里、聞いた? 緑川葵が婚約したんですって! お父様が、あなたに結婚式の計画を手伝うようにって」

妊娠のことを告げようと口を開いたが、母は話し続けた。

「現実を見なさい、絵里。五条和也があなたに何をしてあげられるっていうの? 緑川家にはお金も影響力もあるのよ。彼らの邪魔をしちゃだめ」

「お母さん、私、妊娠してるの」

沈黙。

「すぐに対処なさい!」母の声が鋭くなった。「そんな無責任なこと、彼に知られないようにするのよ!」

電話は切れた。

涙で滲むスマートフォンの画面を見つめた。人生で初めて、完全に独りぼっちだと感じた。家族の支えもない。気にかけてくれるパートナーもいない。この小さなアパートで、不可能な選択を迫られている私だけ。

コーヒーテーブルの上にあった妊娠検査薬を手に取り、ゴミ箱に投げ捨てた。ごとん、と空虚な音がした。

しばらくして、私は再びフォトアルバムを膝に乗せて座っていた。何年も前に書いた文字を親指で擦り続けたせいで、表紙はその部分だけ滑らかにすり減っていた。

破産した時の写真に写る和也の顔をなぞりながら、あの夜、彼が私を抱きしめてくれたことを思い出す。彼の涙がどれほど本物だったか。彼がどれほど必死に私を必要としていたか。

それから、今日のことを思った。私が床にこぼれたお茶を片付けている間、彼が葵のスカートを心配していた様子。私のことなどまるで家具か何かのように、素通りしていった彼の視線。

アルバムを閉じ、財務記録と一緒に会計の本の下に滑り込ませた。かつて私が彼にとってどれほどの存在だったかを示す、他のすべての証拠と共に隠した。

窓辺に歩いていくと、遠くにワイナリーの灯りがきらめいているのが見えた。私が救うのを手伝った場所。もう私のものじゃない場所。

窓に映る、疲れ果てた自分の姿を見つめる。

もう一度だけ)か細い声が、心の中で響いた。(もう一度だけ、あの日の彼を信じてみたい。もし、それでまた裏切られたなら――その時こそ、本当にすべてを終わらせよう)

でも、心の奥底では、もう答えはわかっていた。

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