第1章

高橋咲良視点

西海医科大学病院の救急外来の蛍光灯は、夜勤の私たちと同じで、眠ることを知らない。

午前二時半、私はカルテの山に突っ伏していた。金属製の机の上でスマートフォンが震え――ひびの入った画面に、高橋健太の名前が点滅していた。

誰もいないナースステーションを見回しながら、それを耳に押し当てる。

「健太、今仕事中なの。どうしたの?」

「咲良!やったぞ、ついに!百万ダウンロードだ!」

彼の声は震えていて、電話越しにその振動が伝わってくるかのようだった。

「日経テクノロジーが独占取材を申し込んできた!これで何もかも変わるんだ、咲良。何もかもが」

電話の向こうで彼が歩き回っているのが聞こえる――十八時間ぶっ通しでコーディングしているときと同じ、あの異様な熱気。でも今回は、それが純粋な喜びに満ちていた。

疲れきっていたけれど、胸の中に温かいものが広がった。

「すごいじゃない、あなた。本当に誇りに思うわ」と私は返した。

でも、そう言いながらも、頭に浮かんだのはベッドで眠っている恵美のことだった。きっとまた布団を蹴飛ばしているだろう。このダブルシフトのせいで、もう二日もあの子の起きている顔を見ていない。

健太は続けた。「まだ電話がどんどんかかってきてるんだ。でも咲良、これが始まりなんだ。俺たちがずっと目指してきた、すべてが」

通話はそこで切れ、私はスマートフォンの真っ暗な画面に映る自分の顔を、ただ見つめていた。

午前四時、重い体を引きずって家に帰ると、アパートは暗いはずなのに、リビングから温かい光が漏れていた。

リビングを覗くと、健太がノートパソコンにかがみ込むように座っていた。

「……驚異的なユーザー獲得指標です……」

パソコンから聞こえてくる声は、はきはきとしていてプロフェッショナルな響きだ。

「シリーズAで、15億円の調達についてご相談したい」

15億。私は戸口に立ち尽くした。画面には、ポロシャツを着た中年の男が、いかにも高そうなオフィスチェアにふんぞり返っているのが見えた。

何が起きているのか理解しようとしながら、私は靴を脱いだ。15億円。その数字はあまりに非現実的だった――我が家の年収よりも、恵美の将来の大学の学費よりも、私が想像したどんな金額よりも、ずっと大きい。

健太は通話を終えると、くるりとこちらを振り返った。その顔には、恵美が初めて歩いた日以来、見たこともないような満面の笑みが浮かんでいた。

「15億円だ!」

彼は私を腕に抱き上げると、コーヒーテーブルの周りをくるくる回った。

「信じられるか?あの青山雄二郎が、俺のアプリに投資したいって!」

疲れも忘れて、彼の伝染するような興奮に巻き込まれて笑ってしまった。でも、床に降ろされたとき、彼の表情が変わった。

「くそ、あんな古いTシャツじゃ、素人みたいに見えただろうな」と彼が言った。

「あなたらしくてよかったと思うけど。だからここまで来れたんじゃない」と私は返した。

彼はくしゃくしゃの髪に手を通し、急に気まずそうになった。「たぶん、それが問題なんだ。銀坂は世界が違うんだよ、咲良。あいつらは……それにふさわしい見た目の人間を期待してる」

二週間後、私はきらびやかな空間に立っていた。完全に場違いだった。

そこにいる誰もが、IT専門誌の特集ページから飛び出してきたようだった――美容院で丁寧に整えられた髪型、私のボーナスほどもする有名ブランドのジーンズ、そして会話には「イノベーション」や「エコシステム」といった片仮名言葉が散りばめられている。

健太の新しいデスクはその真ん中にあり、二台の巨大なモニターには、私には理解できないグラフが表示されていた。私は彼にお昼を届けに来たのだ。

一人の男が私たちに近づいてきた。

「竹内さん。こちらは平野咲良、俺の……パートナーです」と健太が言った瞬間、胃のあたりに何か冷たいものがすとんと落ちた。パートナー?

「はじめまして。健太からはいつもお話伺ってます」私はなんとか笑顔を保ったまま言った。

「さぞ、お誇りでしょう」と竹内隆が言う。「高橋さんは次のユニコーン企業の創業者になる運命ですから」

私は頷いて当たり障りのない会話をしたが、健太の言葉が頭の中でこだましていた。パートナー。妻じゃない。「結婚して六年になる、妻の咲良です」じゃない。ただの……パートナー。まるで、私たちが何かのビジネス契約で結ばれているみたいに。

その夜、恵美をお風呂に入れた後、私はベッドに横になりながらアイパッドで健太のビジネスSNSのプロフィールをスクロールしていた。世界が私の夫の成功をどう祝っているのか、見てみたかったのだ。

彼のプロフィール写真は新しくなっていた――プロが撮った顔写真、糊のきいたボタンダウンシャツ、自信に満ちた笑顔。だが、下にスクロールしていくうちに、胃がひっくり返るような感覚に襲われた。

「交際ステータス、独身」

私たちの結婚に関する記述、恵美との写真、家族の痕跡――すべてが消えていた。まるで、私たちが最初から存在しなかったかのように。

震える指でそのページをスクリーンショットし、彼にテキストメッセージを送った。

「あなた、ビジネスSNSで独身になってるけど?」

返信はすぐに来た。「イメージコンサルタントのアドバイスだよ。一時的なものだから」

私はそのメッセージに返信した。「いつから私たちにイメージコンサルタントがついたの?」

「青山さんに紹介されたんだ。この世界はイメージがすべてなんだよ、咲良」

私は画面をじっと見つめ、指はためらい、返信は書かれないまま、私の思いは声にならないまま宙に浮いていた。

土曜の朝、恵美はリビングのカーペットの上で精巧なレゴの城を建てながら、建築上の決定事項をひとつひとつ自分に語り聞かせていた。

健太はソファでノートパソコンを広げ、私たちと静かな朝を過ごしているはずだったが、その指は一度も止まらなかった。

「お父さん、何作ってるの?」恵美は健太が止める間もなく、彼の膝の上に乗り、画面を指さした。

ちらりと見えたのは、ビジネスSNSのプロフィールだった――ブロンドの髪とすべてを見通すような瞳を持つ、息をのむほど美しい女性。その経歴は、まるで銀坂の女王様のようだった。

健太は恵美が飛び上がるほど素早くノートパソコンを閉じた。

恵美はもう一度尋ねた。「お父さん、パソコンのきれいな女の人は誰?映画のエルサ姫みたい!」

「仕事のだよ、恵美。退屈な大人の仕事さ」彼の笑い声は無理をしているように聞こえた。

「すごくきれい!いつか会える?」と恵美は言った。

「いつかね。お父さんは今、たくさんの偉い人たちと仕事をしてるんだ」と健太は答えた。

「誰の話をしてるの?」と私は尋ねた。

「セコイアの松下真理恵さんだよ。彼女は……銀坂でもトップクラスのVCなんだ」と健太は答えた。

彼が彼女の名前を口にしたその言い方――慎重で、敬虔な響き――に、胸が締め付けられた。

恵美は彼の膝の上でぴょんぴょん跳ねた。「お姫様なの、お父さん?お姫様みたいだった!」

「そんなところかな」と健太は呟いた。私は、彼が閉じたノートパソコンの上で指をさまよわせているのに気づかないふりをした。

その夜、恵美が寝入って、私も疲れ果てて意識を失ってからずっと後、ふと目を覚ますと健太のいるはずのベッドの片側が空だった。彼が闇の中で座っているリビングルームを、スマートフォンの青い光が照らしていた。

寝直すべきだった。彼を信じるべきだった。夜十一時に彼を眠らせないでいるものが、ただの仕事だと信じるべきだった。

だが私は、彼の指がスクリーンをそっとタップする音を聞き、その光が彼の顔をちらちらと照らすのを見つめながら、横になっていた。彼は何かに向かって微笑んでいた――ここ何週間も、私に向けられたことのない種類の笑みだった。

横になっている場所からは、彼の注意を引いているものが何なのか見えなかった。だが、見る必要はなかった。そのスマートフォンの持ち方、慎重なタイピング、秘密の笑み――それが、私が知るべきすべてを物語っていた。

私の夫は、私の知らない誰かになりつつあった。そして、救急外来であの歓喜の電話を受けて以来初めて、私は彼の成功が私たちにどんな代償を払わせるのか、恐ろしくなった。

冷たい青い光に照らされ、闇の中にいる彼を見つめながら、私は悟った。健太が追いかけているのは、数千億円の価値を持つユニコーン企業だけではない。彼は、まったく別のバージョンの自分自身を追いかけているのだ。

そして私は、もはや健太の成功物語の一部ではなかった。彼がスポットライトを浴びる間、私がすべきことは、彼にとってうまく処理し、言い訳をし、影に隠しておくべき存在になることだけだった。

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