第3章

翌日、浅沢瑶は三日後の宴会の手配を終えると、まだ時間に余裕があったため、本家へ顔を出すことにした。

盛岡キヨは昼寝から起きたところで、午後のお茶を楽しんでいた。彼女の姿を見つけると、嬉しそうに手招きして座らせる。

「おまえは本当に律儀な子だねえ。仕事が忙しいなら、そんなにしょっちゅう来なくてもいいんだよ」

慈愛に満ちた顔で、けれど眼光は老いてなお鋭い。

「一昨日のニュースは見たよ。晃はまたあの宇佐美萌とかいう女とごたごたしてるのかい? あんたみたいな正真正銘の妻を大事にしないで、外のよくわからない女ばかり相手にして!」

浅沢瑶は目を伏せ、寂しげに小さく答える。

「お祖母さま、少し誤解もあるんです。お考えになっているようなことじゃ……」

「何を言うんだい!」

盛岡キヨの声がぴしゃりと厳しくなる。

「晃のあの、表ではいい顔して裏で勝手をするやり方を真似するんじゃないよ! あの子が子供の頃からどれだけ馬鹿をやってきたと思ってるんだい。いつだってあんたがかばってきたんだろう。今回の後始末だって、またあんたがしてやったんじゃないのかい?」

「お祖母さま」

浅沢瑶は深く息を吸い、胸に渦巻く万感を押し込めてから顔を上げた。

「晃のこと、そんなふうに言わないでください。お祖母さまも仰ったでしょう。私は彼の妻です。妻として、私は彼を信じています」

「ふん」

盛岡キヨは小さく鼻を鳴らした。

「おまえはうちで育った子だもの。どこに出しても一等の娘だよ。晃の馬鹿は何もかも恵まれてるくせに、女を見る目だけはまるでなっちゃいない。外のああいう色気だけの女が碌でもないって、どうして見抜けないのかねえ」

胸の奥がきりきりと痛んだが、浅沢瑶は何も返さなかった。

キヨはひとつ溜め息をつき、愛おしむように彼女の頭を撫でる。

「おまえがこの何年も、どれだけ辛い思いをしてきたか、私だってわかってるよ。あの子、昔はあんなにあんたを大事にしてたのに、どうして今はこんなふうに……」

再び溜め息をこぼし、キヨは思い出の中へ沈んでいく。

「そういえば、あんたが高校に上がったばかりの頃だ。内気な子で、学校でいじめに遭って、毎日しょんぼりして帰ってきてたね。あの時、晃だって忙しかったんだよ。付き合いで酒を飲みすぎて胃穿孔で入院していたのに、あんたがいじめられてると聞いた瞬間、点滴の針まで抜いて学校へ飛んでいったんだから。あんたをいじめてた子たちを全部きっちり叱りつけて、それで自分でより良い高校を探して転校の手配までした。あの頃はあんたのことにかかりきりで、自分の回復は後回し。入院は長引くし、海外へ飛んで何億ドルっていう契約にサインする予定まで潰してねえ。本当に、何億ドルもの商談をふいにしたんだよ」

浅沢瑶は静かに座ったまま、黙ってその話を聞いていた。

思い出が美しいほど、今の自分を深く傷つける。

盛岡キヨは気づかぬまま、なおも語り続ける。

「体育の授業で腕を怪我したときも大騒ぎだったよ。わざわざ首都まで行って、国内最高の整形外科医を専用機で呼び寄せたんだから。まったく、あの子があんたのためにやったことなんて、数え切れやしない」

浅沢瑶の胸には、さまざまな思いが渦巻いていた。苦しくてたまらない。長い沈黙のあとで、やっと低く言った。

「晃は昔から私を大切にしてくれました。そのご恩は、山よりも重いです。ちゃんとお返ししなくちゃいけません」

けれど盛岡晃は、高い場所にいる人だ。欲しいものは何でも手に入る。

自分に、いったい何が返せるのだろう。

ふと、宇佐美萌の顔が脳裏をよぎる。

盛岡晃の幸せが別の場所にあるのなら。

自分にできるたったひとつのことは、彼を成就させてあげること。彼の望む幸せを、彼に渡すことだけなのかもしれない。

どれほど名残惜しくても。どれほど心が千々に裂けても。

浅沢瑶の決意は、かつてなく固かった。

もし自分の愛が、もう盛岡晃にとって重荷でしかないのなら、そんな愛は捨ててしまえばいい。

あるいは盛岡晃にとって、浅沢瑶ができる最高の恩返しとは――彼と宇佐美萌の愛を、認めてやることなのかもしれない。

夕食をキヨとともにしたあと、浅沢瑶は別荘へ戻った。

盛岡晃は、やはりいない。

沈黙に満ちた別荘では、自分の足音さえやけに耳障りに響く。

この家には、もうすぐ新しい女主人が来る。

そして浅沢瑶は、ここを去ると決めたのだ。

もう自分を憐れむのはやめた。帰宅するとすぐ自室に入り、荷造りを始める。

この十数年で、盛岡晃は彼女に数え切れないほどの贈り物をした。金銀宝石、ブランドの服々――枚挙にいとまがない。それらを浅沢瑶はひとつひとつ丁寧に包み、箱に収めていった。

最後に、机の前へ座り、ひとつのフォトフレームを手に取る。

中に飾られていたのは、一枚の証明書だった。

18歳の誕生日に、盛岡晃が彼女へ贈ったもの。

彼女の名前がつけられた、小惑星の命名証書。

その小惑星は、盛岡晃が彼女に与えた最後の寵愛の証であり、同時に、目も当てられないほど惨めだった失恋の証でもあった。

浅沢瑶はその証書を、長い、長いあいだ見つめていた。

やがて彼女は小惑星命名サイトへログインし、以前その命名手続きを担当してくれた機関へ連絡を取る。そして、その小惑星の命名権を再登録し、販売に回した。

ページが更新され、ひとつの英単語が表示される。

Newborns.

新生。

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