第3章

鴉崎響は不機嫌に眉を寄せ、習慣的に着替えのためクローゼットへ向かった。

扉を開けると、月見華のスペースがごっそりと空いていることに気づいた。

彼女がよく着ていた数着の服も、普段使いのスキンケア用品も消えている。

部屋から、月見華が生活していた痕跡が一瞬にして消え失せていた。

あの巨大な結婚写真さえも外され、隅に押し込まれている。

写真の中の月見華は純白のドレスを着て、引きつった笑顔の中に怯えたような期待を浮かべていた。

一方の自分は、氷のような表情だ。

鴉崎響はなぜか胸がざわつき、クローゼットを見渡したが、よく着ていた青いシャツが見当たらない。

携帯を取り出し、迷った末に、長らくかけていなかった番号――月見華へ電話をかけた。

コール音は長く続いたが、誰も出ない。

最後の呼び出し音が切れた時、鴉崎響の忍耐は限界に達した。

彼は冷笑した。

「いいだろう、月見華。役者だな。そこまでやるなら、泣いて戻ってくるんじゃないぞ」

……

その頃、月見華は母から指定された「瑞穂ホテル」の808号室の前にいた。

なぜか胸騒ぎが強くなる。

だが昼間の藍原蛍の誠実な言葉を思い出し、不安を押し殺してドアを開けた。

目に飛び込んできたのは、醜悪に肥え太った男の笑顔だった。

背後でドアが無情にも閉ざされ、二人の屈強なボディガードが立ち塞がる。

月見華は驚愕して周囲を見回したが、藍原蛍の姿はなく、テーブルには脂ぎった貪欲な目をした中年男が座っているだけだった。

心臓が凍りつき、彼女はすべてを悟った。

山上社長は、タバコと茶で黄ばんだ歯を見せて笑い、その目には卑猥な光が宿っていた。

「月見さん、よく来たね。座りなさい。お母さんから話はついているよ。食事をしながら、じっくり……交流しようじゃないか」

背筋に悪寒が走り、月見華は反射的に一歩下がった。

「話って? 母は? 母が食事に誘ったのに、どこにいるの?」

山上社長は耳障りな声で笑った。

「月見さんは本当に純粋で可愛いな。お母さんに聞いてないのかい? 彼女は手付金として三百万を受け取って、君を私に『売った』んだよ。この食事はただの前菜だ。メインディッシュは……君だ」

山上社長が立ち上がり、興奮を隠そうともせずに近づいてくる。

「安心しなさい、たっぷりと『可愛がって』あげるから」

月見華の心から血が滴るようだった。実の母親が、報酬のために、既婚者である娘をこんな吐き気を催す男に売ったなんて!

彼女は慌てて振り返ったが、扉の前にはボディガードが立ちはだかっている。

「逃げる気か?」

山上社長の声が背後からねっとりと響く。

「金は払ったんだ。今夜、私を満足させてもらわないと困る」

男は下卑た笑いを浮かべ、月見華の腕を掴んで引き寄せようとした。

「離して!」

月見華は悲鳴を上げ、力一杯彼を突き飛ばした。

よろめいてテーブルにぶつかり、手近にあった磁器の皿を掴んで床に叩きつけた!

破砕音が響くが、男の歩みは止まらない。

山上社長は舌なめずりをして、むしろ興奮した様子だ。

「へえ、気性が激しいな。嫌いじゃないぞ。押さえろ!」

ボディガードたちが即座に動き出す。絶望した月見華の目に、先ほど割った皿の破片が映った。

彼女は破片を掴み、彼らに向けた。

「来ないで! 来たら容赦しないわよ」

山上社長は鼻で笑った。

「どう容赦しないって言うんだ。やれ!」

月見華は迷わず、自分の頬に破片を走らせた――鮮血が溢れ出す。

全員が凍りついた。

山上社長は呆気に取られ、次いで激怒した。

彼が買ったのは美色であって、顔に傷のある狂人ではない!

月見華の瞳には決死の狂気が宿り、今度は破片を首筋に当てた。

「行かせて! でなければ、手に入るのは死体だけよ!」

さすがに山上社長も顔色を変えた。

「クソッ! とんだ狂女だ! 縁起でもない!」

彼が手を振ると、ボディガードたちが道を空けた。

月見華はすぐにドアへ駆け寄り、何もかも振り切って走り出した。

ハイヒールはどこかで脱げ、足首には激痛が走る。捻挫したのだろう。

だが月見華は止まることなく、生存本能だけでホテルを飛び出した。

助かったという安堵と恐怖が押し寄せ、涙が後から後から溢れてくる。

気づけば、彼女はある公園の奥深くまで走ってきていた。

夜の闇の中、街灯は薄暗く、木々の影が揺れ、周囲は静寂に包まれている。

彼女はよろめきながら人工湖のほとりへ歩いた。湖面は月光を受けて不気味に光っている。

水面に映るのは、惨めな自分の姿――血まみれで、荷物もなく、服は破れ、足は傷だらけ。

月見華は屍のように湖へ近づき、底知れぬ水面を見つめた。瞳は空洞だ。

心にぽっかりと穴が開き、冷たい風が吹き抜けていく。

滑稽で理不尽な人生、もう終わらせてもいい頃だ……。

月見華は目を閉じ、湖へ向かって踏み出した。

次の瞬間、背後から腕が伸びてきて彼女を強く抱き留め、乱暴に引き戻した。

「月見華! 何をしている!」

怒号が耳元で響く。

月見華は呆然と振り返った。

視界が霞み、相手の顔を確認する間もなく、目の前が暗転し、意識を失った。

再び目を覚ました時、月見華は割れるような頭痛を感じた。

長い時間をかけて、ようやく身を起こす。

清潔だが、見知らぬ部屋だった。

顔の傷は手当てされていたが、まだズキズキと痛む。

ドアがきしむ音と共に開き、月見華は警戒して顔を上げた。

入ってきたのは、人の良さそうな中年女性だった。

「お嬢様、目が覚めた? 気分はどう? どこか痛むところはない?」

女性の手には水と薬があり、その目には隠しきれない心痛と怒りが滲んでいる。

霞んでいた視界が焦点を結び、月見華はその懐かしくも今は遠い存在の顔を認めた――

かつて月見家で働いていた家政婦の小山さんだ。

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