第85章

電話の向こうが、ふっと静まり返った。林原撫子は、相手が怒りで言葉を失ったのだと思いかけた、そのとき。

『……今、どこにいる』

ようやく届いた村木原矢の声は、さっきまでの激昂が嘘みたいに落ち着いていた。まるで、怒鳴り散らしていたのは自分の勘違いだったかのように。

撫子は周囲を見回す。さっきまで村川崇史に引っ張られるように走っていて、どこまで来たのかなんて、正直まるで把握していない。

視線を村川崇史に向けると、彼は意図を察したように入口のほうへ顎をしゃくり、先に歩き出した。

撫子は一瞬だけきょとんとして、それから追いかける。歩きながら受話器に向かって言った。

『近くにいる。すぐ行く』...

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