第82章 古川寒弥は知っていた

オフィスの空気は、一枚の『離婚協議書』によって、ぴたりと固まっていた。

須藤寧音は目の前の男を見つめる。整った顔立ちなのに、冷たく、どこまでも無感情な横顔。そこに、ほんのわずかでも罪悪感を探そうとして——結局、何も見つけられなかった。

あるのは、買収を終えようとする商人の目。勝ちを確信した計算だけ。

須藤寧音は自嘲するように口元を歪め、ようやく手を伸ばして、その書類を開いた。自分の「これまで」と「これから」を決める紙切れ。

財産分与の条項を読み取った瞬間、とうに灰になっていたはずの心臓が、ひゅっと縮む。息が止まった。

古川寒弥は、自身名義の未上場企業の持分50%、所有する不動産のす...

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