第86章 彼女はもう一度賭けに出る

須藤寧音は、自分がどうやって古川邸を出たのか、まるで覚えていなかった。

山腹を吹き抜ける冷たい風が、薄い上着の隙間から容赦なく肌を刺した。そのときようやく、ぼんやりした意識が現実へ引き戻される。

振り返ると、夜の闇に沈んだ白い邸宅が、黙りこくって佇んでいる。

ただの建物じゃない。闇の中で息を潜める巨大な獣だ。口を開け、彼女の最後の反抗心まで飲み込もうと待ち構えている――そんな錯覚さえした。

荒唐無稽で、しかも意味だけは妙に重い。

あの三つの条件が、鉛のように胸にのしかかっていた。

京都へ行け。――それは古い傷をこじ開け、すでに腐り落ちた温もりを覗けと言われているようなもの。

『...

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