第90章 今日はネパールへ行く

夜も更け、あたりは水を打ったように静まり返っていた。

障子の向こうには、ひややかな月明かり。庭の楓が落とす影が紙障子に滲み、まるで感情を削ぎ落とした水墨画のようだった。

須藤寧音は客間の畳に座ったまま、少しも眠気を覚えなかった。

バッグの中から、無造作に押し込んでおいた錦箱を取り出す。

蓋を開けると、中にあったのは高価な宝飾品ではない。手縫いの巾着型の香嚢だった。かすかに薬草の匂いを漂わせ、表には護符を思わせる文様が刺繍されている。古風で、上品ですらある。

事情を知らない者が見れば、ただ善意のこもった贈り物にしか見えないだろう。

だが須藤寧音は覚えている。これは古川辰の言う「ひい...

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