第90章

「……ママ?」

黒崎美奈がドアを押し開けて入ってきた。

髪はきっちりと後ろでまとめられ、切れ長の目は鋭い。長年ビジネスの最前線で戦ってきた女の顔だ。

会社帰りで、本来なら千鶴と黒崎ホールディングスのいくつかの案件を詰めるつもりだったのだろう。だが玄関を入った途端、洗面所から聞こえたのは、えづくような嗚咽混じりの吐き気だった。

「ママ、どうしたの?」

美奈は足早に洗面所の前へ行き、青白い顔で洗面台に縋りつく千鶴を見て、すぐに腕を支えた。

「胃? 気持ち悪いの? かかりつけの先生、呼ぶ?」

千鶴は首を横に振る。涙はむしろ勢いを増した。

娘の不安そうな顔を見上げ、言葉にならないまま...

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