第35章

その言葉が口をついて出た次の瞬間、運転手は心の底から後悔した。

榊原冬真は返事をしない。代わりに視線を落とし、葉巻に火をつける。

彼の運転手になって、もうすぐ五年。

その五年で身体に染みついた経験が告げていた――それは、ボスが機嫌を損ねた合図だと。

「若様、聞いてください。いまのは――」

言い終えるより早く、車がぐんとハンドルを切った。前方で急停車したタクシーを避けたのだ。

その拍子に、葉巻の灰がばさっと落ち、榊原冬真の膝の上――スラックスを汚した。

運転手は世界の終わりを見た気分になり、喉がひきつって言葉が出ない。

……なのに。

榊原冬真が、くっと笑った。

安堵するどこ...

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