第2章
校内をずいぶん歩いた。雨脚は強まる一方なのに、立ち止まる気になれない。頭の中では、前の人生の光景が何度もフラッシュバックしていた。
前の人生で――路地に倒れていた私を見つけてくれたのは、オーウェン・フレッチャーだけだった。彼は私を病院へ運んでくれたけれど、それでも助からなかった。
死んだあと、私は魂になって、彼がたった一人で私を埋めるところを見ていた。葬式もない。墓標もない。ただ彼だけが、雨の夜に土を掘り、土を戻した。
それから彼は、誰とも一緒にならなかった。生涯独身のまま、孤独に歳をとっていった。
そこまで思い出して、また目の奥が熱くなる。雨のせいなのか、涙なのか、自分でもわからない。
足を止め、体育館のほうを見上げた。みんなはきっと食堂へ行って、勝利の祝杯をあげている。ブレイクはブルックを抱き寄せて酒を飲み、チームメイトたちは囃し立てて笑っているはずだ。けれど、オーウェンは違う。
彼はこういう賑やかな場に顔を出さない。きっと、まだそこにいる。
私は踵を返し、体育館へ向かって走った。
体育館の中は、案の定がらんとしていた。リンクの照明は落とされ、非常灯だけがぼんやり点っている。廊下を抜け、更衣室のドアを押し開けた。
「……誰だ」
警戒した声が飛ぶ。
「私」そう言って、中へ入った。
オーウェンはロッカーの前に立ち、防具をバッグへ詰め込んでいた。私の声に顔を上げ、眉をわずかに寄せる。
「用か?」
唇を噛み、わざと惨めに見えるようにする。
「……傘、持ってなくて。ずぶ濡れのまま来ちゃった。更衣室のシャワー、借りていい?」
オーウェンは数秒、私をじっと見た。やがて短く言う。
「壊れてる」
「え?」
「シャワーが壊れてる」彼は荷物をまとめる手を止めない。「先週修理頼んだが、まだ来てねえ」
言葉を失った。そんな理由、想定してなかった。
でも、ここで引き下がれない。
「じゃあ、どうしたら……」一歩近づく。「私、ほんとに全部濡れて――」
オーウェンはしばらく黙り、バッグを持ち上げた。
「寮まで送る」
ロッカーから傘を取り、出口へ向かう。私は慌てて後を追った。
オーウェンが傘を差し、私はその隣に身を寄せる。雨は容赦なく叩きつけてきて、一本の傘じゃ小さい。二人でぎゅっと詰め、肩と肩がほとんど触れたまま歩く。
少し進んだところで、我慢できずに口を開く。
「オーウェン……私、寮に帰りたくない」
彼の足が一瞬だけ鈍る。でも止まらない。
「みんな、笑うもん」声が震え、泣き声が混じる。「今夜のこと、学校中に広まってる。私が戻ったら、絶対……それに、家にも帰れないし……お願い、一晩だけ、あなたのところにいさせて」
オーウェンが、ぴたりと立ち止まった。
振り返った目は冷たかった。
「今日勝ったんだ。ブレイクは今夜、寮に戻らないだろ」低い声で言う。「さっきリンクでの態度、あれはなんだ。全部、演技か?」
「俺を、お前ら二人の間の駒に使うな。お前の遊びに巻き込むな」
息が詰まり、涙が一気に溢れた。
「違う……っ、ほんとに違う……」
「じゃあ、なんで俺のところに来た」
「だって……」喉がひきつる。「ほんとに行く場所がないの。笑われたくない、私、そんなの――」
オーウェンは数秒、私を見つめた。やがて、ただ小さく息を吐き、傘を私のほうへ少し傾ける。そして背を向け、男子寮のほうへ歩き出した。
私はその場で一瞬固まり、慌てて追いかけた。
オーウェンの部屋は、驚くほど整っていた。
壁にはチームの集合写真が数枚。机の上には本とノートがきちんと揃えられている。ブレイクのベッドには服とスナックの袋がぐちゃぐちゃに積まれているのに、オーウェンのベッドはシーツの皺ひとつなく、毛布の角まできっちり折り揃えられていた。
「風呂、あっちだ」
オーウェンはクローゼットからスポーツ用のパーカーを一枚取り出し、私に差し出した。
「これ、着ろ」
「……ありがとう」
受け取って浴室へ入る。シャワーを終えて出てきたとき、私は彼のパーカーを着ていた。袖は手をすっぽり隠し、裾は膝近くまである。ワンピースみたいだ。髪は乾かさず、濡れた長い髪を肩に垂らしたまま。
オーウェンは椅子に座ってスマホを見ていた。物音に顔を上げ、私をちらりと見て、すぐ視線を逸らす。
私は彼のベッドの端に腰を下ろした。
髪から落ちた雫がシーツにぽたぽたと滲み、濃い染みを広げていく。使ったのは彼のボディソープで、香りは彼の匂いと同じだった。狭い部屋に同じ香りが重なって漂い、言葉にしがたい艶っぽさを生む。
オーウェンは明らかに落ち着かない様子だった。スマホを置き、立ち上がる。
「……ベランダで、ちょっと空気吸ってくる」
彼がベランダのドアを開けた、その瞬間。
私のスマホがバッグの中でぶるぶると震えた。
静まり返った部屋に、着信音がやけに耳障りに響く。
オーウェンが動きを止め、こちらを一度だけ見た。
私はスマホを取り出して画面を確認する。ブレイクからだった。
迷わず、通話を切った。
